むかいのせき

むかいのせき

 男は仕事帰り、もう終電近い電車で家に帰る最中だ。

 気づくと男が座っている電車の向かいの席に女が座っている。


 あまり見ない人だ、男はそう思う。

 男が住んでいるところは割と辺鄙な場所で、終電間際の時間だと乗客もほとんどいない。

 そんな場所だ。

 おのずと乗客の顔は覚えてしまうものだ。


 ただそれに当てはまらない人も、もちろんいる。

 男と向かい合うように座っている女もそうなのだろうと、深く考えていなかった。


 だが、男がその向かい合って座っている女に違和感を覚えのに時間はかからなかった。


 なぜなら、その女はピクリとも動かないのだ。

 まるでその場に張り付けられた写真のようにピクリとも動かない。

 男は不穏な気配を感じつつも、チラチラと女を観察しだす。

 それは邪な気持ちからではない。


 異様な視線を前方から、女の方から感じていたからだ。

 突き刺すような視線だ。

 その視線の先を見ると女の顔がある。


 ただ、逆に怖いのが女が全くの無表情だということだ。

 女は感情のない顔でピクリとも動かずに男を凝視しているのだ。


 チラチラ見て男はさらに異様なことに気づいてしまう。

 女は長髪なのだが、その髪がまるで揺れていない。


 電車は揺れているのに、女の頭から垂れ下がる髪の毛は、女同様ピクリとも揺れていないのだ。


 そこで男も理解する。

 目の前の女は人間ではないと。


 ただ車内は明るい。

 また別の車両まで行けば他の乗客がいることはわかっている。

 それが男を強気にさせた。


 男は睨み返す様に女を睨む。

 女が睨んでいるわけではないが。

 女は今も無表情で全く動かずに男を凝視しているだけだ。

 男が睨み返したところで、やはり無表情で動かぬまま反応を見せない。


 そこで男は考える。

 他の車両に逃げるべきかどうかと。

 男は少し迷ったが、別の車両へと逃げることにした。


 目を離して襲われても困るので、男はその動かない女から目を離さないようにして、立ち上がり後ずさりする形で移動しだす。

 男が移動し始めても女はピクリとも動かない。

 ただ一点を無表情で凝視している。

 男が動いたことでその視線も男から外れる。


 男はその時自分を凝視していたわけではない、と悟る。

 今まで自分が座っていた座席、その後ろの窓を男は見る。


 そこにはもう一人、ぼさぼさ髪の女が窓に張り付いていた。

 張り付いているのは電車の外だ。

 こちらも人間ではない。


 男はどういう状況下理解することを諦め、その車両から慌てて逃げ出した。

 別の車両まで移動して男は振り返り、元居た席を見る。

 窓には女が張り付いているし、その向かいの席には無表情の女が動かずに座っている。


 男はこれ以上関わらない方がいい。

 そう思い、念のためもう一両電車を移動して、座席には座らずに立って駅に着くのを待った。


 ただそれだけの話で、その後、男に何かあったわけではない。

 男はただ単に巻き込まれただけなのかもしれない。




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