かがみのむこう

かがみのむこう

 少女の家には大きな鏡がある。

 古い鏡で今では珍しくなった昔ながらの姿見だ。


 それは祖母の部屋に置かれている。

 少女はその姿見を見るのが好きだった。

 全身を移せる鏡などそうない。


 その大きな姿見が家にあることが少女にとって密かな自慢だった。


 その日も少女は姿見の前で、くるりと回ったりして鏡を見ていた。

 その時だ。

 少女は気づいてしまう。

 姿見に移っている者に。


 大きい鏡だ。

 少女以外も色々と鏡には映し出されている。

 祖母の部屋、その襖を少しだけ開けて、何者かが覗き込んでいるのだ。

 少女はハッとなって襖の方を見る。

 襖は閉まっている。


 そして、勘違いかと思い再び鏡を、姿見を見た時だ。

 今も襖は少しだけ開けられ、誰かが覗き込むの様に少女を凝視しているのだ。

 少女はすぐに襖の方を見る。

 襖はしっかりとすべて閉じられている。

 もう一度鏡を、姿身を確認する。

 そうすると、鏡の中で、ピシャリと襖が閉じられた。

 実際に襖が閉じられた音もする。


 少女は慌てて、実際の襖を見るが、襖は元から閉められている。

 では、鏡に映っていたことや、先ほど少女が聞いた襖を閉じる音はなんだったのだろうか。


 少女は急いで祖母の部屋を後にしようとする。

 が、少女は襖の前で立ち尽くしてしまう。

 もし、今、この襖を開けて、あの覗いていた存在が居たらどうしようかと。


 それを考え付いてしまった少女は祖母の部屋で泣き始める。

 すぐに母親が駆けつけてくる。

 襖をあけ、少女を抱きかかえて、どうしたの? と聞いてくる。


 少女は姿見を指さし、鏡が…… と、言ったときに見えてしまう。再び気づいてしまう。


 鏡の向こう側、今、開け放たれた襖から、覗くように和服の女が少女をジッと見ていることに。

 少女はそれを見て、恐怖のあまり気を失ってしまう。


 少女が目覚めると、自分の部屋のベッドの上に寝かされていた。

 それを年老いた祖母が椅子に座り看病してくれている。

 目を覚ました少女に祖母は、大丈夫かい? と、優しく声をかける。

 少女は黙ってうなずく。

 そして、祖母は続ける。

 鏡に映ったあれを見てしまったのかい? と。

 少女は黙ってうなずく。


 祖母は、あれは悪いものじゃないから気にするな、ただ覗いてくるだけで悪さはしない、と、少女に語り掛ける。


 祖母の話では、祖母の小さなころからあの着物の女は鏡の向こう側に住んでいるらしい。

 祖母の子である父には見えず、嫁入りして来た母にも見えないが、祖母には見えているらしい。


 少女は祖母の言葉を信じ、気にしないことにした。

 たしかに、鏡の向こう側に住んでいるその女は覗いてくるだけで悪さをしてこなかった。


 少女が大人になった今も、ただ密かに覗いてくるだけだ。




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