がっこうのといれ

がっこうのといれ

 まだスマホもないような時代の話だ。

 小学生の少年は放課後にお腹を壊していた。

 ただ教室近くのトイレを使うことはできない。


 小学生、特に男子がトイレの個室を使うと言うことは、あだ名が「ウンコマン」になる確率が高いからだ。

 そして、それは無慈悲にも素早くクラス中に広がるし、お腹を壊している今であればより酷いあだ名になることは請け合いだ。

 だから少年は特別教室のある、人通りの少ない校舎のトイレを選んだ。

 放課後教室で集まった友人らから、こっそり抜け出し、渡り廊下を直走り、人気のない、少なくとも少年が駆け込んだトイレのある階は人気がない、そんな校舎へと来ていた。

 ただ上の階に音楽室があるせいか、今も楽器の音が聞こえてくるので寂しさなどを感じることもない。

 少年にとってはもっとも頼りがいのある場所だ。


 少年はそのトイレで用を足す。

 それは何事もなく終わる。


 少年は出したものを流し、服を整える。


 全てが無事に終わった。

 少年がそう思った瞬間、トイレの扉を「コンコン」とノックされる。

 返事をしそうになるが、ここで返事をしてしまえば、声で自分とバレるかもしれない。

 そう考えた少年は返事をしなかった。

 しばらく少年が様子を見ていると、再び「コンコン」と扉をノックされる。


 もし点検に来ている先生だったら、とも少年は考えたが、少年には返事をした瞬間友人らに笑われる方が容易に想像できた。

 だから、少年は押し黙った。


 下の隙間から、扉の前に誰かいることは影でわかる。

 その人間は微動出せずにトイレの前に立ち、いくら待とうが声を掛けるでもなく定期的にトイレの扉をノックしてくる。

 流石に少年も少し不気味に思い始める。

 そこへ、上の階で鳴っていた吹奏楽の演奏が止まる。

 休憩だろうか、終わりの時間が来たからであろうか、少年にはわからない。


 だが、それにより少年の恐怖心は一気に加速した。


 なんの音もなくなった静かな夕方の、人気のないトイレで、定期的にノックの音だけが響き渡る。


 少年がいくら押し黙って耐えていようが、そのノックをにしている主が立ち去る気配がない。


 余りにも長い間ノックされ続けているので、少年はとりあえず先生ではない、と結論づけた。

 流石に見回りの先生であればすぐに声を掛けるはずだ。


 なら友人らか? と少年は考える。

 確かにその線はある。

 何かといたずら好きな友人らだ。

 これくらいのことはやってくるはずだと。


 少年は和式便器の配管に足をかけ、音もなくトイレの壁を器用に登る。

 そしてトイレの壁の上から扉の前を見る。


 そこには誰もいない。


 少年が茫然とする中、隣の個室のドアが閉まる音がした。

 少年は慌てて床に降りる。


 その時、少年は視線を感じる。

 隣のトイレの個室。

 その壁の上から、何者かが自分を見下ろす視線を確かに少年は感じた。


 少年はそちらに振り向きたくなる衝動を必死で抑え、トイレの鍵を開け放ち、トイレから飛び出し、駆け出した。

 すぐ近くの階段を上り、人がいるはずである音楽室を目指して走る。


 すぐに音楽室に着き、その扉を開ける。


 そこには帰宅準備をし始めている吹奏楽部の生徒が数人いて、急に開けたな垂れた扉と少年の方に視線を送っていた。


「あっ、す、すいません、間違えました!」

 少年は人と会ったことで落ちつきを取り戻した。そして、音楽室の扉を閉め自分の教室へと帰って行った。


 ここからは少年の知らない話なのだが、吹奏楽部の生徒が帰るために音楽室の扉を開けたとき、水に濡れたような「素足」の足跡が下の階から点々と続いていたとのことだ。

 吹奏楽部の生徒たちはあの少年のものだと思っていたが、少年はちゃんと上履きを履いていたことに気づいてはいない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る