第2話 運命の日

「ジリリリリリリリリリリリリリ――――――――――――――!!!!!」


 突然にも鳴り響く目覚まし時計。音は反響を巻き起こし、部屋中に大きな振動を立てる。


「――はっ!? いま何時だ!?」


 ベッドから慌てて起き上がる青年。鳴り止まない時計を手に取り、時針と分針を凝視する。


「はぁ……ぁ、良かった。寝坊したかと思ったよ」


 溜息一つ漏らすも、顔つきから窺えたのは失望や落胆ではなく、安堵した様子。どうにか予定の時刻には目覚めることが出来たようだ。


「それよりもさ、今日の夢はなに? 鮮明に覚えてるんだけど、あれって獣の人間? もしくは幽霊とか? っていうか、あの話によく似てたんだけど」


 ゆっくりと立ち上がり鏡の前に立つ青年。髪を整えながら目の前に映る我が身へ自問自答を始めた。


「もしかして…………? ――じゃなく、絶対にそうだよ! 子供の頃に聞かされた婆ちゃんの昔話。けど……なんで今頃になって、あんな夢を見たんだろう?」


 奇妙な夢の原因は、祖母から聞かされた昔話。十年ぶりに見た夢の内容に、青年は困惑した面持ちで佇んだ。               


「――って!? そんなことより、ゆっくりしてる場合じゃなかったよ。早く学校に行って準備をしないと」


 なにか急ぎの用事を思い出したのだろう。青年は豪快に制服を手にとると、着替えを行いながら食卓へ向かう。



    ✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿【場面転換】✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿



「婆ちゃん、おはよう」

「おはよう、烏兎うと。どうしたの? 今日はいつもより早いじゃない。それに何だか嬉しそう」


「ちょっとね。色々と準備があるから、早く登校しなきゃいけないの」

「準備?」


「そう。それよりも、今日って何の日か覚えてくれてる?」

「当り前じゃないのよ。烏兎うとが十六歳になる記念すべき日でしょ」


「まあ、そこまで大袈裟にするような事でもないんだけどね」

「あら? そんな事ないわ。十六歳っていったら、では立派な大人なのよ」


?」

「いっ、いや何でもないわ。ところで、さっきまで何を話していたのでしょうね」


 この言葉に違和感を覚える烏兎うとは、意味合いを不思議に思い首を傾げる。すると祖母は、慌てた面持ちで話題をすり替えようとした。


「えっ、もう忘れちゃたの。いくら何でも物忘れするの早くない?」 


 祖母の態度は、どことなく様子がおかしい。とはいえ、それはいつものこと。今日に限った事ではなかった。そのため、烏兎うとは無理に聞き返すことなどはせず苦笑いをして言葉を返す。


「――あっ、思い出したわ。たしか、誕生日のことだったわよね」

「もうー、話してる最中に忘れないでよね。それと、もしかしたら家に友達が遊びに来るかも知れないから」


「遊びに? それって、学校のお友達なの」

「そうだよ、友達以上に仲がいい子。いまはまだ……未満だけどね。――とにかく、そういう事だから」


「……未満? って、意味がよく分からないけど。誕生日の晩御飯は、その友達も烏兎うとが好きな特大ハンバーグで良かったかしら」


「――特大!? そんなの女の子が食べれるわけないじゃん」

「女の子?」


「あっ、いや……残ると勿体もったいないからね。だから友達は普通でいいと思うよ」

「ふふっ、なるほどね。いつまでも子供だと思っていたけれど、もうそんな年頃なのね」


「なっ、何がおかしいんだよ婆ちゃん」

「いいえ、何もおかしくはないわよ。お婆ちゃんはね、烏兎うとが立派に成長してくれて嬉しいの。あなたが居てくれたから、こうして今まで頑張ってこれたのよ」


 苦労や悲しみの連続であった人生。けれども、傍には愛する孫がいた。諦めずに前を向いてこれたのは、守りたい人がいたからだと祖母は心の想いを烏兎うとへ話す。


「婆…………ちゃん」

 

 祖母から胸の内を聞かされた烏兎うと。一緒に暮らしてきた過去の情景でも想い馳せているのだろう。そっと囁く声からは、そうした懐かしむ心情が窺えた。


「感傷に浸ってるようだけど、ゆっくりしてて大丈夫なの?」

「――やば! もうこんな時間なの? 早く行かなきゃ、準備が出来なくなちゃう」


「じゃあ、朝食はどうする?」


「えっと……とりあえず急ぐから今日はパンでいいや」

「だったら少し待っててね、すぐに用意するから」


 このように何気なく迎える朝の光景。変わらない日常ではあるも、烏兎うとにとっては安らぎのひと時。いつものように目覚め、祖母とありふれた言葉をかわす。


 やがて焼きたてのパンが出来上がると、口に咥えぼんやりとした表情で玄関の扉を開ける。すると――、柔らかな陽射しと共に、爽やかな風が部屋の中へ舞い込んできた。


 それは少しばかり冷たくもあるが、心地よく伝わる感じが何とも清々しい。そんな穏やかな花風は、一片ひとひら桜花おうかをのせて優雅に空を舞う。


 こうして烏兎うとは、いつものように慌ただしく学校へ向かうのであった…………。

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