第15話 グール
フルートは川の中に駆け込んでいくと、迫ってくるグールに正面から立ち向かいました。
剣をふるうたびに怪物が燃え上がります。
ゼンはエルフの弓矢で後ろから援護しました。
フルートのすぐ近くに射ているのですが、魔法の矢はゼンの狙い通り怪物にだけ命中していきます。
けれども、グールはあまりに多すぎました。
いくら切っても、いくら射倒しても、次々現れて襲いかかってきます。
「ちきしょう! きりがないぞ!」
ゼンが悪態をつきました。
フルートも次第に息が上がってきました。いくら魔法の剣でも、ふるい続けるうちに腕が重くなって、手がしびれてきます。
そのとき、突然水の中から手が伸びてきて、フルートをつかみました。
川底を這ってきたグールが、足首に取りついたのです。
そのまま引っぱられて、フルートは水の中に倒れました。
「フルート!」
仲間たちが叫びます。
グールがフルートにのしかかってきました。
頭を水の中に沈めようとします。
フルートは必死で抵抗しましたが、怪物の力が強くてかないません。
がぼり、がぼりと何度も顔が水に沈みます。
すると、白い羽根の矢がグールの背中に突き刺さりました。
グールが川の中に倒れます。
フルートは必死で水の中から立ち上がって、激しく咳き込みました。
「あ、ありがとう、ゼン……」
「なんの」
ゼンが矢を射続けながら応えます。
すると、岸辺でポポロの悲鳴が上がりました。
ポチが激しく吠え出します。
いつの間にか数匹のグールが岸に這い上がって、ポポロたちに迫っていました。
「ワンワン! グールが火を消そうとしています!」
とポチが叫びます。
グールたちは頬を驚くほどふくらませて水を含んできて、焚き火に吐きかけていたのです。
火が消えてしまえば敵が見えなくなってしまいます。
フルートは急いで剣の鞘を外してゼンに投げました。
「これを火のそばに!」
「ポポロ、これを火のそばに置け!」
ゼンが中継して鞘を投げ渡します。
ポポロは目を丸くしながら、それを焚き火のわきに置きました。
とたんに、ゴォッと焚き火が大きく燃え上がりました。
あたりを真昼のように照らし出します。
炎の剣の鞘には、燃えている火をいつまでも大きく燃え上がらせる魔力があるのです。
ポポロは驚きましたが、それ以上に驚いたのはグールでした。
今まさにポポロやポチに飛びかかろうとしていたのに、悲鳴を上げて水の中に逃げ込んでいきます。
水の中の連中もいっせいに後ずさり、押しあいへしあいぶつかり合って、大騒ぎが起こります。
その様子にゼンが言いました。
「光を怖がってるぞ! こいつら、闇の怪物だ!」
言われてみれば、フルートとゼンが二人がかりで倒しているのに、グールの数はあまり減っていません。
ゼンの矢を食らったグールは、倒れてもすぐに傷が治って立ち上がっていたのです。
フルートは首からペンダントを外すと、左手に持って高く掲げました。
金の石が輝き出して、焚き火の炎よりも明るくあたりを照らします。
すると、光を浴びたグールたちが、みるみる溶け出しました。
土砂降りの雨にたたかれて崩れていく泥人形のように、どんどん形を失って流れていきます。
中から白い骸骨が現れましたが、それも光の中で崩れていきます。
「きゃぁぁ、いやぁぁぁ!!」
ポポロは悲鳴を上げて目をおおいました。
そして――
川辺には何もいなくなりました。
ゼンは弓を下ろしてため息をつきました。
「失敗したな。川で血を洗ったりしたから、血の臭いをかぎつけてグールが集まってきたんだ」
「グールはどこからでも現れるさ。連中は獲物の匂いをかぎつけると、湧いて出てくるって言うからね。ゼンたちのせいじゃない」
とフルートは言うと、ポポロに近寄りました。
「もう大丈夫だよ。怪我はなかった?」
焚き火の炎は、まだ勢いよく燃え続けていました。
ポポロは顔をおおっていた手を外すと、グールが消えた岸辺を眺め、燃え上がる炎を眺め、それからまじまじとフルートを見ました。
「フルート、あなた……本当に魔法使いじゃないの?」
フルートは剣を鞘に収めながら苦笑いしました。
「違うってば。全部金の石や炎の剣の力なんだよ」
炎の剣の鞘が離れたとたん、焚き火の炎は小さくなって、また穏やかに燃え始めました。
岸辺ではゼンがポチと一緒に落ちている矢を拾い集めていました。
たった今ものすごい戦いを繰り広げたばかりなのに、少年たちはもう普段と同じ様子です。
フルートも兜を脱いで、濡れた髪を拭いています。
ポポロはまた、つくづくと少年たちを見つめてしまいました。
すると、突然ゼンが声を上げました。
「ありゃっ! なんだこりゃ!?」
ゼンは拾い集めた矢を矢筒に戻そうとして、矢筒の中の矢が少しも減っていないのに気がついたのでした。
白い矢羽根のエルフの矢が、最初と同じように三十本ほど、きちんと詰まっています。
「すげぇ、これ魔法の矢筒だぞ! いくら使ってもまた矢が増えるんだ──! すごいものをもらっちまったなぁ!」
とゼンは
いくら撃っても矢が尽きず、狙ったものは外さない魔法の弓矢。これほど頼りになる武器はありません。
白い石の丘のエルフにはいくら感謝しても足りないくらいでした。
ゼンが上機嫌で言いました。
「さあ、フルートもポポロも寝ろよ! 夜明けまではまだ時間がある。今度は俺が夜の番に立つからな。ちきしょう、嬉しくって眠れないぜ!」
フルートは笑ってうなずくと、鎧を脱いで火のそばに横になりました。川に沈められたときに全身ずぶぬれになったので、乾かす必要があったのです。
すっかり普通の少年のような姿になったフルートに、ポポロが尋ねてきました。
「フルート……あなたはどうして金の石の勇者になったの?」
一度目を閉じていたフルートは、目を開けてポポロを見ました。
「さあ、どうしてかな? 何故ぼくが選ばれたのかは、自分でもわからないんだ。でも、今はもう寝ようよ。明日もまたたくさん歩かなくちゃならないからね」
そして、フルートは目を閉じると、そのまますぐに眠ってしまいました。
かたわらには炎の剣とロングソードが並べて置かれています。
ポチはすでに寝息をたてていました。
ゼンは魔法の弓矢を背に川に向かって立ち続けています。
ポポロはフルートのわきに座りこんだまま、じっと考える顔でフルートを見つめていましたが、やがて、静かに自分も横になると目を閉じました。
再び静寂に戻った森の中で、夜はゆっくりと過ぎていきました……。
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