第7話 エルフ
白い石の丘の頂上まで登ると、ポチが嬉しそうに吠えました。
「ワン、エルフはまだいますよ! 匂いがします!」
と先になって走り出し、白い石の柱の間を駆け抜けて、丘の反対側に出ました。
フルートとゼンも続きます。
すると、彼らが来るのを待ち受けていたように、そこにエルフがいました。
背の高い体に裾の長い緑の服をまとい、長い銀の髪を風になびかせて、半年前とまったく変わらない姿で立っています。
「よく来た、フルート、ゼン、ポチ。もう着く頃だと思っていたぞ」
このエルフは賢者です。人が考えるのとは別の方法で、今なにが起きているのかを知ることができるのでした。
そこで、フルートは余計なことは言わずに、ゼンの背中を押してやりました。
ゼンが弓弦の切れたエルフの弓を差し出します。
「二週間前にこれが突然切れたんだ。直してもらえるかな?」
エルフはゼンから弓を受け取りました。
「むろん直せる。この弓の弦は、切れるべき時にしか切れないのだ」
ゼンは、やっぱり、という顔をしました。
「弓を直してもらうのに旅に出て、途中でフルートのところに寄ったら、フルートもちょうど旅立つところだった。なんか、偶然にしちゃできすぎだと思ったんだよな」
「これは魔法の武器だ。フルートの炎の剣や金の石と同じように、すべてを心得て、自らの意志でおまえに従っている。弓がおまえに知らせたのだろう」
「この弓が……自分で? 俺、てっきり、あんたが呼んでくれたんだと思ったんだけど」
「私は自ら呼ぶことはない。私はここにいるだけなのだ。私を求める者だけが、ここにたどり着くことができる。この弓はおまえの想いを知っているから、『動き』を感じて、おまえを導いたのだろう。おまえを主人と思っているからな」
そんなふうに言われて、ゼンは照れたように笑いました。
「へへ、なんか嬉しいな。俺、この弓がすごく気に入ってるんだ。弓の方でも俺を気に入ってくれてるのか。そうかぁ」
すると、エルフは身をかがめて、石の柱の陰から細い
「弓には矢と矢筒がつきものだ。これはその弓と一緒に作られたものだ。すこし遅くなったが、ようやく追いついてここにたどり着いた」
ゼンはとまどいながら矢筒を受け取りました。
矢筒には紐がついていて、背負えるようになっていました。白い羽根と銀色の矢尻がついた細い矢が三十本ほど入っています。
「エルフの矢だ。この弓と矢は、この組み合わせで最強の力を発揮する。エルフの弓でエルフの矢を射たとき、狙ったものは決して外すことがないのだ」
ゼンはたちまち目を輝かせました。
「狙ったものを外さない? 百発百中ってことか!? そりゃすげえや!」
「弓は明朝までには直しておいてやろう」
とエルフは言うと、子どもたちを手招きしました。
「来なさい。間もなく夕方だ。
確かに空の太陽は大きく西に傾いていました。
フルートたちはまだ他にもエルフに聞きたいことがあったので、喜んでエルフの後についていきました。
エルフの家は、白い石の丘の地下にありました。
岩の間に隠された階段を下りていくと、岩の壁にぶつかります。その岩壁の中を通り抜けると、エルフの住まいに出ます。
岩をくぐり抜けた後、ゼンは振り返って首をひねりました。
「何度通っても不思議だよな、これ。どうして岩の中を通れるんだ? 絶対ぶつかって、頭にたんこぶこしらえる気がするのに」
子どもたちは半年前にも、エルフに招かれてこの家に来ていたのです。
「疑うと通れなくなるんじゃないかな」
とフルートが言って、通ってきた岩に手を当てました。
「ほら、そうだ。通れないかも? って考えると、とたんにただの岩になっちゃう」
「ワンワン。魔法の扉なんですね」
魔法の家に感心している子どもたちに、エルフが話しかけました。
「さあ、席に着きなさい。料理はまだ温かい。食事にしよう」
岩に囲まれた白い部屋は、壁際に何枚も薄い布が下げられ、部屋の中央のテーブルでおいしそうなごちそうが湯気を立てていました。賢者のエルフは、フルートたちが来ることを見越して、すっかり準備を整えていたのです。
フルートは、テーブルの周りに椅子が五つ並び、食器が五人分準備されているのに気がつきました。
ここにいるのは、ポチを入れても四人です。
「この家には他にも誰かいらっしゃるんですか?」
と尋ねると、エルフは謎めいたことを言いました。
「来るべきものは来るべきときに来たる……そら、やって来た」
とたんに、壁際の布の一枚が揺れて、その後ろから声がしました。
「おじさん、遅くなってごめんなさい。お花を摘んできました。ちょっと思いがけないことがあって――」
言いながら布の陰から現れたのは、ひとりの少女でした。手にあふれんばかりの花を抱えています。
フルートは、あっと驚きました。
今は薄緑色の服を着て、髪を三つ編みのおさげにしていますが、さっき花野で出会った黒い服の少女だったのです。
少女のほうでも、フルートを見ると、きゃあっと声を上げました。
花を放り出してエルフの後ろに逃げ込み、背中にしがみついて叫びます。
「さっきの悪い人……! どうしてこんなところにいるの!?」
「悪い人ぉ?」
ゼンとポチはびっくりして、フルートと少女を見比べました。
フルートがあわてて説明しようとすると、エルフが静かに言いました。
「案ずるな、ポポロ。この子たちは危険な者ではない。私の客人だ。世界を闇の手から救う使命を持った、金の石の勇者の一行なのだよ」
「金の石の勇者……?」
少女が目を見張りました。よく見ると、宝石のように美しい緑の瞳の、とてもかわいらしい少女です。おっかなびっくり、という感じでフルートの顔を見つめています。
フルートが急いで
エルフが穏やかな声で続けました。
「彼は金の石の勇者フルート。こっちはその仲間のゼンとポチ。ゼンはドワーフの猟師だ。話すことはいろいろあるが、まずは食事を始めることにしよう。ポポロ、花を活けたら給仕を手伝っておくれ」
ポポロと呼ばれた少女は、床にばらまいてしまった花をあわてて集め始めました。野で摘んできた花です。
ところが、フルートがわきにかがんで一緒に拾い始めると、ポポロはたちまちおびえた顔になって、またエルフの後ろに逃げ込んでしまいました。
フルートは苦笑すると、それでも花を全部拾い集め、少女に手渡しながら言いました。
「さっきはびっくりさせて、本当にごめんね。追っ手が来るかもしれないと思っていたから、気が立っていたんだよ」
追っ手と聞いて、少女はまた驚いたような顔をしました。
「問題はその追っ手だ」
とエルフが、草の香りのするスープを器に分けながら言いました。
「確かに、おまえたちの後を追って、数人がこちらに向かっている。
フルートとゼンとポチは、たちまち厳しい顔になりました。
「占者か。だが、エスタにはもうまともな占者が残っていないって話だったんじゃないか? わけの分からない魔物につぶされたはずだろう」
とゼンが言うと、フルートは首を横に振りました。
「それは国王付きの占者だよ。王様に反発しているような人だったら、絶対に自分の占者を出すわけないもの。エラード公の占者や魔法使いは健在なんだ」
「ちぇっ、なるほどな。もしかして、魔物を送り込んでいる張本人ってのも、そのエラード公なんじゃないのか?」
それは十分あるえることでしたが、エルフは言いました。
「敵の正体はそんなものではない……。確かに、王弟のエラード公は、魔物を利用して自分が王位につこうとしている。だが、敵は彼の思うままにできるような、そんな生やさしい相手ではないのだ」
「敵の正体は何なんですか!?」
とフルートとゼンとポチはいっせいに尋ねました。
けれども、
「それはいずれわかることだ――」
食事はほとんど会話のないままに進みました。料理はどれもとびきりおいしかったのですが、ゼンでさえ、一言も口をきかずに食べ続けました。
食事が終わりに近づき、甘い飲み物が子どもたちに配られると、エルフがまた口を開きました。
「おまえたちにひとつ、頼みたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
とフルートはすぐに居ずまいを正しました。ゼンとポチも、何を頼まれるのかと緊張します。
エルフは隣の少女を示しました。
「このポポロを、おまえたちと一緒に連れて行ってほしいのだ」
子どもたちは仰天しました。
フルートも、ゼンも、ポチも──そして、ポポロ自身も、驚いて真っ青になっていました。
「おじさん!」
と今にも泣き出しそうな顔で叫びます。
すると、エルフがポポロを見つめました。ポポロの瞳はエメラルドのような明るい緑ですが、エルフの瞳は森の奥を思わせる深い緑色です。
「ポポロよ、私の元に来るものは、人でも物でも、必ず何かしらの役目を負っている。おまえもその中のひとつなのだ。時が来れば、そのものは旅立つ。おまえの時は今だ。ここにいる金の石の勇者の一行が、おまえの仲間になるのだよ」
「な、仲間って……!」
あわてふためいたのは少年たちでした。まさか、こんな女の子を仲間に加えることになるとは、夢にも思いませんでした。
「エルフ! 刺客が追ってきているんですよ!」
とフルートが言えば、ゼンもわめきました。
「俺たちだけでも逃げ切れるかどうか怪しいってのに、女なんか連れていけるかよ!」
「ワンワン! 危険すぎます!」
ポチも必死で言います。
けれども、エルフは宣言するように、
「旅立ちは明朝だ。まっすぐ東へ向かい、国境の闇の森を越えてゆけ。森に入り込めば、もう敵は追っては来られない。そして、エスタの王都カルティーナをめざすのだ。――わかったな、ポポロ」
「……はい」
少女は
少年たちはうろたえ、けれども、エルフに反論することもできず、ただただ呆然としていました。
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