one hour writing short story

深月珂冶

風変わりなひと 題材:風



私は近所にあるカフェ「ヘブライ」でバイトをしている。

今日のシフトは無理を言って入らせてもらった。どうやら私一人でもやれる程度だった。

店長が言うには、今日、常連でコーヒー豆を買いに来る伊田さんという人の変わりに違う人が来るらしい。それを憶えておいてほしいとのことだった。

私にとってそれは少し気が引けた。顔を知っている伊田いださんならまだしも、顔を知らない人が来る。どんな人が来るのだろう。

私は憂鬱ゆううつに思いつつも、今度、出演するライブについて考えることにした。

ライブに出演するためにアコースティックギターの練習量を増やした。

その為か、左手の指が硬くなり始めていた。少しだけ痛いが、達成感を感じた。

さっきまでの憂鬱な気分が少しだけ和らいでいく気がする。

常連の伊田さんが来るのは大体、午後三時ごろだ。もうすぐ三時だ。私は少しだけ緊張してきた。

カフェの扉が開き、風変わりな男性が入ってきた。

男性は深々とした帽子を被っていたがそれを脱ぎ、顔を上げる。

その男性の姿は真っ白と銀色の短めの髪型をし蒼い目をしていた。

「伊田さんの代わりに来ました」と男性は無表情で言葉を発すると、カウンターに座る。

「解りました。お待ちください」

私は挽いたコーヒー豆の入った容器を取り出し、蓋を開けてそれを袋に詰めていく。

私がコーヒー豆を詰めていると、視線を感じた。何を思ったのか、男性は私を見ている。

「何かありましたか?」

「いや、さっき君が僕を見て風変わりな人だと思ったんだろうなと」

「……。そうですか」

私は図星だったが、それをはっきりと明言するのも失礼だと思って誤魔化した。

男性がくすりと笑う。

「なにが可笑しいんですか?」

「なぜ、様子を表すのに『風』を使うのか知ってる?」

「そういえば、何ででしょうか?」

私はコーヒー豆を入れ終わると、男性を見る。

改めて見る男性の顔はかなり均整の取れているようだった。

目は大きく蒼く鼻筋が通っており、所謂、世間的にイケメンの部類に入る感じだった。

「実は僕もそんなに知らないんだ」

「はい?」

私は拍子抜けした。話を振っておいて知らないといい、それを気にも留めない。

男性は私を見て再び笑う。私はなんとなく揶揄らかわれた気分になり、少し睨む。

男性は少し申し訳なさそうにした。


「ごめんごめん。まあ、言われているのが『風』という言葉は昔から目に見えないものを象徴とするために使うよね。それだからだと僕は思うんだ」

「それって説明になっていないですよね」

「そうだね。ま、いいじゃないか。そう考えるのも面白いじゃないか君」

やはり、この男性は風変わりな人だ。私はこの風変わりな人にコーヒー豆の入った袋を手渡した。

「ありがとう。これが代金ね」

男性は私にお金の入った茶袋を渡す。私はそれを受け取り、袋のお金を確認する。

「確かに受け取りました。ありがとうございました」と言いながら私はレジに情報を入力し、レシートを取り出した。それを男性に渡す。

「こちらこそ。ありがとうね。あ、そうそう。手。大丈夫?何か、ギターやっているの?頑張ってね」

いつの間にか手元まで見られていたらしい。

何者かわからないそんな風貌で、やはり様子を表す『風』を使わざる負えない人だと思った。風変わり。

その言葉通り、風変わりな男性は風のようにすたすたとカフェを出て行った。

私が風変わりな人に再会するのはまた別の話。


了 


題材「風」

48:54

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