第2話 名前を付けよう!
帰宅すると、俺たちは早速買ってきたペット用品を相川宅にてセッティングを開始。
リビングの空いたスペースにスチール製のケージを設置すると、トイレとなる砂場を隅っこに一つ、ケージ内にも一つセット。寝床のクッションもケージ内に置けば、これで子猫の最低限の生活スペースが完成。
餌代も含めて掛かった費用はおよそ一万円弱。これでもだいぶ抑えたつもりではあるが、だとしても学生で一万円以上の出費はかなりの痛手だった。
しばらくは節約を心掛けよう。買いたい本とか色々あるけど……ここは我慢時だ、ぐぬぬ。
「猫ちゃーん、いっぱい食べて大きくなってね~♡」
「にゃあ〜」
「えへへぇ〜⋯⋯♡」
一通り事が済んで身の回りが落ち着いてきた頃。お皿の上にお湯でふやかしたキャットフードを用意すると、それを懸命にモグモグ咀嚼する子猫をひまりちゃんは顎に手をついて愛おしそうに見つめていた。
現段階で相川宅には俺と美乃里、そしてひまりちゃんたち三姉妹の計五人が勢ぞろいして子猫を見守っている状況だ。
「小さい体なのによく食べますねぇ。ふふ、どーやらこれを買って正解だったみたいですね?」
「だね。ひとまず安心。この姿を見られただけでもお金を出した甲斐があったよ」
「お兄ちゃん、お会計のとき苦虫を噛み潰したような顔してましたもんね」
「そりゃあ……大金だったし」
「大丈夫ですよ、諭吉さんも子猫ちゃんの役に立てて本望だったでしょうし、徳を積んだって捉えれば一万円くらい大したことないですって」
「……ハハハ」
隣り合う紗彩ちゃんと見合って俺は苦笑い。
仕方ない、仕方ないんだと割り切りたくても、万単位を失った事実はどうしても心にじわじわくる……諭吉の顔が恋しい。ゆ、諭吉さまぁ⋯⋯ッ!
「はっ、お兄が悲しそうな顔してるっ。そんな時は私を可愛がれば万事解決だよっ!」
危機を察知したようにシュバっと割って入ってきた美乃里。
ずっと気になってはいたが、なんで俺のTシャツ着てるんだ? サイズ合ってなくてブカブカだし。
「……あのさ美乃里。今更だけど、その服俺の……」
「あ、これはね、お兄の部屋の鍵が開いてたからちょっと拝借したのっ。うへへ、お兄の服~いい匂い~」
「人の部屋に許可なく入るんじゃありません」
「だってぇお兄がいなくて寂しかったからぁ~温もりが欲しくてぇ~」
体をくねくねさせて訴えかけてくる。この憎めない愛らしさ、ほんとどうしようもない。
「お兄、ハグっ、ハグっ!」
「……」
両手を広げて誇示してくるも、
「智香ちゃんもありがとね、お留守番してくれて」
「お兄っ!?」
俺は無視して智香ちゃんに目を向ける。
「……わたしもおにいちゃんと一緒にお出かけしたかった……」
まだそれ気に病んでたんだ。
「大丈夫だよ、夏休みは始まったばかりなんだし、一緒にお出かけする機会はまだいくらでもあるって」
「でも、春香さんがわたしより紗彩を優先するって、やっぱりわたしって子供っぽいって思われてるのかなぁ……」
「まあ最近の智香ちゃんじゃね」
「あれえっ!? 否定してくれないっ!?」
申し訳ないけど事実なので。
「だけど親しみやすくなって智香ちゃん可愛いなあって思うよ?」
「おにいちゃあ~んっ♡」
感極まったように抱きついてくる智香ちゃん。扱いやすいなぁ。
「おいコラメス豚ッ! お兄から離れろってのッ!」
「おにいちゃんっ、おにいちゃんっ♡」
「アアアアアーーーーッッ!!」
断末魔かな?
──と、いった調子で今日も変わりなく賑やかな相川宅のリビング。
この後は特に用事もないし、身体をゆっくり休めて労わりつつ、今後子猫をどうすべきかネットで調べものでもしようかな。
里親……やはりサイトを利用するのが手っ取り早いだろうか。というかそれしかほぼ方法ないだろうし。ああでも待てよ、まずは近くの知り合いに声を掛けてみるのも一つの手かな。
今、クラスで一番仲が良いのは環奈と隼太。あと一応拓郎も。その辺りに相談してみるべきか……。
「あ、そいえば名前とかどーします?」
「──え?」
不意に紗彩ちゃんが発した一言に、つい間抜けた声が出てしまう。
「名前ですよ、子猫ちゃんの名前。一時的とはいえ、名前を付けずに飼育するのは何だか寂しいじゃないですか?」
「……あー……た、確かに、そうかも?」
「そーですよ。なんですかーその最後の疑問符」
「な、何も考えてなくて……言われてそうだなぁって思って。あはは」
本当に気にしていなかった。そうか、名前か……。
あった方が何かと便利だろうし、里親募集のサイトでも名前付きだと目に留まりやすいだろうし、うん。付けるべきだろうな。
「子猫の責任を受け持つって言ったのはお兄ちゃんなんですからちゃんとしてくださいよ、もう。美乃里さんからも何か言ってあげてください」
「え、わ、私っ? え、えっとぉー……お兄ってばお茶目さんっ♪」
「甘えが過ぎます二十点」
「なんの点数っ!?」
「妹検定です。美乃里さんはお兄ちゃんに相応しくないですね」
「辛辣っ!? そ、そんなはずないじゃんっ!」
「甘い、美乃里さんは自分に甘すぎます。高校一年生なんですからもっと自尊心を高く持って厳しく律しましょう。はい、お兄ちゃんに向かってこう言うんです、『ボケてんじゃねえぞチンカスがぁッ!』て」
「いや無理だよぉっ!?」
相変わらず仲いいなあこの二人。
「なんで笑ってるんですか」
ごめんなさい。
「謝んなくていいですから」
エスパーかな?
「名前かぁ……やっぱり可愛いのがいいよねっ。シロとか、ミケとかっ!」
ナイスタイミングで声を上げた智香ちゃん。続けてひまりちゃんがワッ! とした勢いで立ち上がる。
「にゃー子っ! にゃあにゃあ鳴くからにゃー子がいいっ!」
「にゃ、にゃー子……そのまんますぎない?」
「智香おねーちゃんこそシロとかミケとか名前つまんないっ!」
「ええっ」
「センスないっ!」
「えええっ」
「可愛くないっ!」
「ええええっ」
そこまで重ねて責めんでも。智香ちゃん若干涙目になってるし。
「いやひまりこそにゃー子ってネーミングセンスないし」
「ひ、ひまりはセンスあるもんっ!」
「自己中乙」
「お、おつ……? よ、よく分かんないけどバカにされた気がするーッ! じゃあさーやちゃんはなんか名前あるのっ!」
「あたしは……んー……まあ、無難に……白くて小さいから、マシュマロとか?」
「猫ちゃん食べ物じゃないよっ!?」
「いや食べないし。例えて言っただけだから」
「やっぱりにゃー子がいいっ! にゃー子っ、にゃー子っ!」
お気に召さないらしいひまりちゃん。しかし俺は普通にアリだと思ってしまったんだけど。マシュマロ、表現が的確でしっくりくるな。
「ひまりうっさい。別にいいじゃんマシュマロで。おかしくないし」
「むむむ……そ、そう言うみのりんはっ!? 名前考えてっ!」
「だからうっさいボリューム抑えろっての。……え、エリザベス?」
「センスなあーーーーいッッ!!」
「だからうっさいつってるでしょおーがあッッ!!」
子猫の名前を巡って騒がしくなる四人の少女たち。
ちょっと──いやかなり、俺には手に負えそうにない状況下のため、巻き込まれる前に部屋の隅っこにスゥーっと避難……。
「おにーちゃんはっ!?」
ギクッ。
「名前っ、いい名前あるっ!?」
「……え、えーっと……」
迫りくるひまりちゃんの威圧感に気後れする俺。
ここで不用意な発言をするとひまりちゃんの反感を買いかねない。可愛い且つ穏便に納得してくれそうな名前……うむむ……。
「おにーちゃんっ?」
「……」
腕を組み、しばらく思考した上で俺は……。
「…………み、ミルクちゃん、とか」
と、恐る恐る口にする。特に深い意味はない。白い体毛から何となく連想した言葉を口にしてみただけ。
が、しかし、
「…………」
ひまりちゃんは大きな目をパチクリ瞬いた後──途端に閉じていた蕾がパァーッと満開に花開いたような表情を浮かべていた。
「ミルクちゃんかわいい~っ!!」
「あ……い、いい感じ、かな?」
「うんっ! いい感じ~っ!」
……ほっ。
良かった、この様子だとひまりちゃんは全面的に肯定してくれるらしい。
「ひ、ひまり。ミルクちゃんでいいの? にゃー子じゃなくて」
「ミルクちゃんがいいっ! 智香おねーちゃんのだけは絶対ヤダっ!」
「あぅ」
それ以上言うのはやめてさしあげて。
「まあいいんじゃないですか? 可愛げがあって」
「ほ、ほんと?」
「はい。あたしからは特に異論なしです」
有り難いことに紗彩ちゃんのお墨付きまで貰えてしまった。ならきっと間違いはないのだろう。
「美乃里さんはどうですか?」
「お兄の言うことだったら何でもオッケー!」
「だろうと思いました。十点」
「まだそれ続いてたのっ!?」
二人の関係性はさておき、美乃里も賛同してくれるようで。
と、いうことは……。
「では、みんな満場一致ということで、子猫の名前はミルクちゃんで決定ですね。よろしくお願いします」
子猫──改めミルクちゃんは、紗彩ちゃんの呼びかけに応じるように「にゃあ~」と鳴いた。
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