第11話 次の地、ローレル小国へ

 激闘の末に、勝利を喫したのは、外套を仄かに黒く煤に染め上げ、赤き鮮血に変えた勇者であった。


 勇者は悠然と手を拱く。


 息を切らしながらも、瞬き一つせずに氷剣を握りしめ、霞んだ瞳をする二人を注視し続けて。


 一人は茫然と夜空を見上げ、もう一人は血溜まりの水面に、遜色ない顔色を映していた。


「ふぅー。ハァァ……ハァ」


 溜め息を零すように吐いた白息が、延々と漂う闇夜に立ち昇っていく。


「どうしたんだ。一瞬の躊躇いが死へと繋がるんじゃなかったのか?」


「貴様を……ッッ!殺……すっ!勇者ァ!」


 辺り一帯は嵐に巻き込まれたように、無数の木々が薙ぎ払われ、幾重もの緑の濃い葉っぱたちが大地を覆い隠していた。


「もう時期、精霊が俺たちを闇へと誘うだろう。だが、お前らの情報は取っておく。魔王城から祖国へと帰還したとき、お前らが居なくては勇者の名が廃ってしまうからな」


「ハッ、用意周到にも程があるな。その小賢しさには本当に頭が上がらねぇよ、全く!」


「勝率を上げるためならば、何だってしよう。お前らが無益に剣を振るい、人の手に綴られた書物を読み漁る最中、俺は自らの足で戦地へ赴き、多くの者を殺し続けたように」


「それで卑劣で非人道的な殺戮者となったか。これじゃ勇者というよりも、魔王だな」


「あぁ、かもしれんな」


 刃を振り翳した瞬間、緑黄のローブを纏った黄金の長髪の少女が、勇者を抱きしめる。


 それは好意などと云う、甘い感情が突如として襲ってきた訳ではなく、ただ涙を止め処なく流し続けて、勇者の行方を遮っていた。


「お願い……やめて!」


 小さな角ばった肩を大きく震わせて、強靭な胸部の鎧に押し込めるように顔を埋める。


「どけ、これは決闘と言っても変わりない。邪魔をすれば、お前も敵と見做すぞ」


「馬鹿が。大人しく晩餐会でも楽しんでりゃ、いいんだよ。そんな誰の助けにもならない善行はやめて、さっさと消えてくれ」


「嫌っ!!何でっ、こんなことになるの!」


「これが現実だ」


「さっさと失せろ!」


 皆一同は、エルフに悪口雑言を浴びせる。


 そんな中に、かろうじて強かに聳え立つ木々の内側から忽然と姿を現す。


 淡い緑光を発し、進んでいった道のりには草花が一瞬にして芽吹き、茂っていく。


「穢れを運ぶ、悪しき者たちよ。本来ならば、貴方方は光の届かぬ闇へと堕ちてしまっていたでしょう。ですが、とても恵まれているようですね。こうも美しく、こうも華麗で神聖な少女に慈しまれているのだから」


 それはまるで幻想のような存在。


 其処にいる全ての者が、直視せずにいた。


 いや、正しくは出来ずにいた。


 煌々なる輝きを放ち、水面に載った一枚の葉のような瞳に、体躯を覆い隠した緑葉の衣服に纏っていた。


 エルフの仄かに赤く腫れ上げた頬を、白皙な細々とした指先でそっと拭う。


「大丈夫です。私は貴方から何も奪いません」


 そして、その夜に一行は静かに旅立った。




 ローレル小国に辿り着いた勇者一行を真っ先に迎えたのは、相不変手厚い歓迎だった。


 正門前に居並ぶ長蛇の列。


 空を裂くほどに響動めく国民とは裏腹に、馬車の中は静寂に包まれていた。


 其々の傷は跡形もなく消え去り、勇者は隅で氷剣を携えて、静かに眠りについていた。


「……」


「最近のローレルでは、冒険者騒動が問題となっていましてね……」


 そんな間に耐え兼ねた御者が、重く湿った沈黙を破った。


「何せ、魔物が激減しているだとかで、付近の村々や国々を次々と襲っているようで……」


「数は?」


 眠りこけていた勇者は思慮の念を露わにし、まるまった背に鋭い視線を突き刺した。


「えぇ、数百人は超えているとの事です」


「そうか……」


「それにしても、次第に質素に慎ましくなってるな」


「そう…だね」


 だが、そんな一言も一瞬にして帰す。


 それぞれは会話無きまま、自由気ままに、好き勝手に散り散りになっていき、勇者は兵士たちの溜まり場と化した酒場に赴いた。


 殺伐とした重苦しい空気が漂った静寂。


 憔悴した兵士たちが大半を占め、梅雨時の一室のような湿り気の場に、戦慄が走った。


 満身創痍さながらに草臥れて、死んだかのように椅子に全体重を預けて眠りこけていたが、一人の兵士の囁くような声に呼応し、次々と体に鞭を打たせて目を覚ましていく。


 勇者が悠然と闊歩する様だけが響き渡り、一同の鋭い視線が一身に注がれていった。


 徐に受付嬢の前に立ち止まる。


「こ、今回はどのようなご依頼を?」


「此処は酒場と繋がっていると聞いたが」


「は、はい!あちらのカウンターに!」


 受付嬢は冷や汗を額に滲ませ、最大限の満面の笑みを浮かべながら、伸ばした掌を他の受付の元に差し示した。


「そうか」


 掌の先へと勇者が歩みを進めていくのを、そっと片目を眇めて注視する。


「ご、ご注文は?」


「全部だ」


「へ?」


「今日は俺の奢りだ。好きに飲んでくれ!」


 騒然としたのも束の間、皆一同が歓声を上げながら、高々と腕を突き上げた。


「ウォォォーー!!」

「ォォッッ!!」

「シャァァッッッ!!」


 同国、某場所にて。


 雑多な色を帯びた花々が芽吹く地の上で、カースは一人寂しげに座禅を組んで天を仰ぐ。


「ねぇ!」


 まだ齢5つにも満たない黄金色の短髪少女が、上目遣いでカースを見上げていた。


「……何だ?」


「はなかんむりの作り方!教えて!」

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