第9話 戦争の引き金となった男

「過去語りはあまり好きじゃない。その者の都合の良いように改竄されているからな」


「史実と照らし合わせるためにも、必要なことだろう?」


「……知ってどうする?」


「ただ、真実を伝えたいだけだ」


「西諸国の連中に唆されたな。大方、『真実は我々にある』だのと、宣ったのだろう」


「偽りに塗れたお前よりかは、遥かに信憑性があるだろう」


「敗戦国の言葉に耳を貸すなど、甚だ疑問だがな?」


「お前には分からないだろう……」


 勇者の背後に何かが忍び寄る。足音を忍ばせ、息を殺して淡々と進んでいく。


「……まだ死ぬ訳にはいかない」


「それはお前が勇者だからか?」


「……」


「ならば、俺が次の勇者となろう」


 サクッと木葉を踏みしめる音が響くとともに、勇者は疾くに視線だけで一瞥する。


 微かに歪む光景。


 ほんの少し目を凝らせば、気づけるほどに、さながら水面が波打つように、地面が、木々が、空間が泳いでいた。


 何かが勇者に迫る。


「ハァ……」


 ウェストラにふと目を向ければ、同じように、煌々たるナイフを握りしめ、振るっていた。


 勇者はその手首を鷲掴みにし、くるりと捻ってナイフを地に落とし、静かに目を瞑る。


 勇者の背にピタリと掌が付くとともに、その姿を露わにした。


 勇者は噎せ返るように、唾液を多分に含んだ蒼き楕円の水晶体を吐き出した。

 

 パキパキと亀裂が走っていき、精霊が勢いよく飛び出す。


 慌ただしく勇者の口へ戻っていく最中に、ウェストラが精霊の腹を鷲掴みにするように握りしめる。


 精霊は小さき体躯を縦横無尽に暴れ回るが、それを気に掛ける様子さえ見せずに、慎重に数歩と後ずさっていく。


「お前を殺すのは全てを聞いてからだ。無論、本心をな」


「瘴気に当たるぞ」


「なら、ついでにこの森林を焼き払おう」


 カースが鬼気迫る形相を浮かべ、茂みから緩慢に姿を現した。


「冒険者殺しの紅き北竜。ヒスロア・ノースドラゴン。貴様は何故、俺の妹を殺した!!」


「ハッ。かつての俺も貴様らのように憎しみに駆られていたな。俺から兄を奪った北大国の王に復讐を誓ったように……」


「……」


「始まりは先代の王にあった。先代は数多の罪人を赦し、他国の者までも慈しみ、慮る者だった。だが、王としての器は成してなどいない、叶うはずもない理想を赤裸々に語る、浅はかで矮小で憐れな男だったよ。全く、どいつもコイツも…そんなに知りたいのなら、冥土の土産に教えてやろう。俺の全てをな」


「北の先代が健在の頃は、一度たりとも戦争など起きていない」


「だからこそ、他の三大国の圧政により理不尽な法律の締結から軍備縮小に至るまで、その全てが奴の汚点に塗れた行いだ」


「それでも、血は流れなかった」


「代わりに、民は飢饉に喘いでいたがな」


「……」


「一人の人間としては誉高き生き様であっただろう。だが、大国の長としては今までにない愚者だ。自らの国を礎として、柱となる国民を大勢、見殺しにした独裁者だ。故に…」


「民によって殺されたと?」


「あぁ、暴動の中心に居たのが奴の運の尽きだ。骨と皮ばかりの夥しい数の国民によって嬲り殺しにされ、新たなる王が誕生した」


「ふざけた政策を行う、奴こそが本当の独裁者だろう」


「あぁ、だが、国は栄え、国民たちは平穏を取り戻した」


「その為にどれだけの人間を生贄に捧げた!」


「自らを欺くために綺麗事を並べ、半端な正義と倫理を保つ貴様らには到底理解できないだろう。過去の俺がそうだったようにな」


「……?」


「人口減少と軍備縮小を余儀なくされた北の王の取った裏の政策は、冒険者狩りだった。それも他の大国の連中のやがては戦争の主力となる逸材を抹殺するための前準備だったのだろうな。始めは体のいいことを聞かされ、考えなしに全ての命令に異議を唱えず、頷いていた」


「何故、貴様が指示を仰ぐ!?」


「先も言ったように、先代の意思は俺が継ぐ。そのために縁もゆかりも無い、大勢の者たちを虐殺し、虹龍討伐作戦にも参加した。だが、全てが八百長だった、戦争の引き金となるための口実造りに過ぎなかった」


「虹龍……」


「何処かの国では神獣として祀られていたらしいが、それも今となっては計画の範疇だったのだろうな。初めから討伐隊に信奉者を忍ばせ、作戦遂行と同時期に仲間の殺し合いが始まった。同じ釜で飯を食い、死線を潜ってきた仲間たちを大勢殺し、息尽き果てるまで、刃を握りしめていた。残された仲間たちと共に虹龍の元へ向かえば、当然のように数千の竜を連れ、俺たちを歓迎した。咽び泣きながら焼け焦げていく仲間を、逃げ惑う者たちを庇うように前線に飛び出した勇士が、灰も残らぬほどに燃やし尽くされ、気付けばただ俺一人だけが残っていた。数千の竜が天を地を覆い尽くし、まるで弄ぶかのように虹龍は俺を嬲り続けた」


「そして、お前だけが祖国へと帰還し、戦争が始まった」


「あぁ、その国と対立関係であった西諸国の目論見であったと世界に告げてな」


「ゲスがッッ!!」


「貴様が手段も選ばずに大勢の者達をッ!」


「手段だと!?倫理を通して何が守れる!!正義を為して、明日に何が残る!?手段を捨てて勝ちを掴み取らなければ、未来にあるのは際限なく続く石碑の山だけだ!そうして、大勝した北諸国の英雄として向かえられた俺はようやっと玉座の間で、王と俺の対面を迎えることが叶った。ようやっと長きに渡る復讐劇にも幕が下りる。そう思ったよ」


「何故、その時に殺さなかった!!生かしていなければ、獣族たちは奴隷になどならなかった」


「頭上に振り上げた刃を下ろせば、一瞬にして容易に終わっただろう。だが、次は誰だ。誰が悪魔となり弱小国を世界に名を馳せる大国へと返り咲くことを叶えることができる!再び、叶わぬ理想を掲げる者が座すか、肥えた雌豚のように太り、着飾った装飾を纏う屑が王冠を奪うか!数多の犠牲の上に成した平穏を享受する多くの民たちに終わらぬ闇を齎し、全てを無に帰すか!?」


「あのエルフも奴隷制度の産物だろう!!」


「エルフ、ドワーフ、魔族、アクア、ヒリュウその大半が世界人口の5割を占める北大国に棲まうことを自らが選択している。解るか!?これが現実だ!遠大な理想ばかりを長々と語り、実力も持ち合わせぬ貴様らが、世界を混沌に導き、現状を見据えた悪魔だけが、世界を正常なる道筋へと変えられる!」


「ったく、ようやっと話は終わったか?つまりお前は、独裁者の麾下きかに堕ちた訳だろ?」


「言い遺した言葉はあるかッッ!!」


「利己的な衝動に駆られた貴様らと、国を背負った今の俺では天地がひっくり返ろとも、勝敗が覆ることはない」


「俺の意思だけじゃねえよ。俺だけじゃない……俺はそのために……フッー……」


 其々が徐に得物を握りしめる。


「言い遺したことはあるか?」

「言い遺したことはあるか…ッ!!」


「その言葉、そのまま返そうか」

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