第9話 杞憂

「ルナ、お前確か武術の心得はないと言っていたよな」


「はい」


 私は気まずそうに目を伏せて返事をする。


「ではこの喧嘩殺法とはなんだ?私に詳しく教えて欲くれないか」


 ガルシアさんの語調は平坦そのもの。怒っているのか、怪しんでいるのか、わからない。


「あまり詳しく話すと私のプライバシーがなくなるというか何というか……」


 私の声が尻すぼみに小さくなっていく、これではまるでお父さんに叱られている子供のようだ。


「ルナ!」


「はい!!」


「まず私の目を見ろ」


 言われて伏せていた視線を上げ、ガルシアさんの目を見る。その表情には怒りも、猜疑心も見当たらない。

ただ、私をジッと見つめ、測っている。


「私はな、お前も知ってるようにロレーヌ姫の護衛隊の長だ。つまり、これから姫の身辺警護員であるお前の上司ということになる。だから私の部下について健康状態はどうだとか、どれくらいの強さだとか、どういった思想を持っているだとか、その他様々な事項を把握しておかなければならない。理由はわかるな?」


「ロレーヌの安全を守るためです」


「その通りだ。お前はただでさえカズキ・フタバという大罪人の身内というマイナスな印象を持たれている。これはお前も自覚しているだろう」


 確かにその通りだ、ロレーヌやガルシアさん以外の護衛隊の人の中には未だ私のことを疑っている人もいる。ここまでの道中でもそれを感じさせらることが何度かあった。


「ならば、ここはお前の身のあかしを立てる場面ではないのか?なぜ、武術の心得がないなどと答えたんだ?」


「それは、私の喧嘩の技術が誰かに習ったものではないもので、武術とは到底言えないものだから、という理由もあります。けど、一番の理由は私がこの喧嘩の技術を一番嫌っているところにあります」


「それはなぜだ?」


「この喧嘩技術は、私が一姫の巻き起こした騒動に巻き込まれていく中で自然と身についていった技術で、そこには私の意思はなくて、ないにも関わらず自然と強くなっていく自分が嫌で……」


 上手く言葉がでてこない、せっかくロレーヌに癒してもらったのに、一姫のことを――一姫によって巻き起こされ、巻き込まれた時の負の記憶が思い起こされて心が暗くなって行く、このままじゃあ……

 そんな時だった。


「ルナ!!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。呼ばれた方を見るとそこにはロレーヌがいた。


「ロレーヌ……」


 元気のない声で私が言う。するとロレーヌが私の、いや、ガルシアさんの元までズンズンと近づいていった。


「ガルシア!!ルナに何をしたのです!!」


「いや、違うのロレーヌ」


「ルナはちょっと黙っててください!!」


 ロレーヌの迫力に圧倒され、何も言えなくなる私。


「ロレーヌ姫、今私はルナの――姫の身辺警護員候補の面談をしております。どうかお下がりを」


 事務的に無感情にそう言うガルシアさん。そんなガルシアさんの態度にロレーヌは更に怒りをヒートアップさせる。


「ガルシア、貴方は任務となると人情味というものをなくし過ぎるのが欠点です。ルナは私とそう年も変わらない女の子なのですよ。そんなルナにいつものように兵士と同じように接してどうするのです」


 ロレーヌそれは少し違う、ガルシアさんはちゃんと私に気を使って喋ってくれていた。私が勝手に気を暗くしてしまったのだ。ガルシアさんは何も悪くない。


「ロレーヌ、そこまでにして」


「でも――」


「ロレーヌが私のことを思ってくれているのは嬉しいよ、だけどね、ガルシアさんはそれ以上にロレーヌの安全に気を使っているんだよ。それに今のは私が勝手に過去のことを思い出して暗くなっただけだから……」


 ロレーヌは心配そうな顔で私を見る。だけどロレーヌの思いに甘えてばかりではいられない。私の居場所は私自身の力でつくらないといけない。

 私はガルシアさんに向かって深々と頭を下げる。


「ガルシアさん、喧嘩殺法のこと黙っててすみませんでした。私は怖かったんだと思います。皆が、ロレーヌが、こんな自分を受け入れてくれるのかって、疑ってかかってしまっていました」


 頭は上げない、視線も上げない、ガルシアさんが許してくれるまで、私は頭を下げ続ける。


「ルナ、頭を上げなさい」


 ガルシアさんは相変わらず平坦に言う。私は頭を上げてガルシアさんの目を真っ直ぐと見つめる。真面目に、真摯に、誠実に、するとガルシアさんが短くため息を吐く。その反応に私はガルシアさんを落胆させてしまったのかと思い、心臓が締め付けられる。


「続きをするぞ」


「え?何の?」


「何って訓練の続きに決まっているだろう」


「え、でも――」


「でもも何もない、私はただお前に訊いただけだ、なぜ喧嘩殺法のことを隠していたのだとな。そしてお前はそれに答え私はその答えに納得した。それだけの話だ。それとも何か?私がお前のことを放逐ほうちくするとでも思ったのか?」


「いや、流石にそこまでは――」


 すみません、思ってました。だって表情が全く読めないんだもん。勘違いしてもおかしくないでしょう。

 兎に角、私の杞憂に終わってよかった。


「それに、姫様」


「はい!」


 ロレーヌがガルシアの呼びかけに体を跳ねさせる。


「姫様がルナのことを特別気にかけていることは承知しております。が、少し過保護が過ぎるのでは?今だって公務を放り出してここまで来たのでしょう?」


 ガルシアがロレーヌのことを見咎める。見咎められたロレーヌは小動物のように小さくなっている。そんなロレーヌも可愛いよ。


「ごめんなさい」


「過保護は甘えを生みます。甘えは本人のためにならないことは姫様もご存じでしょう?」


「はい」


「わかればよろしい。では、私はルナの訓練に戻りますので、姫様は御公務にお戻りください」


「わかりました」


 言ってロレーヌはトボトボと一人寂しく屋敷の中に戻って行った。


「それでは訓練の続きといこうか」


「はい、すみません」


「もう謝らんでいい、それで次の訓練だが……」


 言ってガルシアさんは一考し、口を開く


「ルナの正確な実力が知りたいからな、模擬戦といこうか」


「マジですか!?」

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