第7話 苦しみと癒し

「知らない天井だ」


 言いたい気分だったのでとりあえず言っておく。昨日私は倒れたんだ。一姫に振り回されていることに絶望して……

 思えばいつもそうだった。一姫は私のこととなると分別がなくなる。いや、あえてしなくなる。何事も私優先と言う名の自分優先に走るのだ。そして私はそんな一姫に振り回されてきた。

 三年前の集団疾走事件。パパとママは一姫のことを心配していたけれど、正直なところ私はやっと一姫から解放されたと喜んでいたのだ。


「本当に嫌になる」


 アールの言うように一姫は絶望したのだろう。私のいないこの世界に


「だから何だ。私はそれ以上に迷惑をかけられていたんだ」


 寂しかっただろう、辛かっただろう。大切な家族のいないこの場所はきっと地獄に感じたのだろう。可哀そうに……


「心がぐちゃぐちゃだ。何が私の本当の気持ちなの?」


 気付けば私は泣いていた。自分の気持ちがわからなくて、このまま、こんな気持ちで一姫を追って良いのかわからなくて。


「どうしたらいいの?誰か、私を助けてよ」


 私がそう言ったその時、柔らかくてあたたかい何かが私に覆い被さってきた。


「ロレーヌ?」

「はい」


 その何かの正体はロレーヌだった。


「何でここに」


「だって一緒に泊まりましたもの」


「一緒って反対されなかったの?」


「勿論されました。――でも、ルナはそんな人じゃないって逆に怒ってやりました」


「何を根拠にそんなこと」


「私の勘です」


 自信ありげに言うロレーヌ。勘っていくらなんでも、


「危なすぎない!?」


「ルナが相手だから大丈夫です」


 ニコリと花のような笑顔を向けるロレーヌ。うん、これは誰も敵わない。私は未だ抱き着き続けるロレーヌを後ろ髪引かれる思いで優しく引きはがし、上体を起こす。


「もう大丈夫なのですか?」


「完全に、とはいかないけど、ロレーヌのおかげでだいぶ回復したよ」


「ルナ」


「なぁに?」


「次からはつらくなったらすぐに言って下さいね。また優しく抱きしめてあげますから」


「あ、急につらくなってきた」


「ル・ナ」


「ごめんなさい」


 私とロレーヌは笑い合う。ロレーヌはすごい、あんなに重かった私の心をこんなにも軽くしてくてれたのだから。異世界で初めて会った女の子がロレーヌで本当に良かった。


―――数時間後


 復調した私は、ロレーヌの護衛隊長であるガルシアさんに領主の屋敷の庭まで呼び出されていた。


「体調はもう大丈夫なのか?」


「はい、ロレーヌのおかげで」


「そうか、実はなルナ、今日はお前の訓練をしておこうと思ってな」


「あ、ポンポンがペインペインです」


「見え透いた嘘をつくな!」


「ごめんなさい」


「まったく、それで訓練の話に戻るがルナ、お前は武術の経験はあるか?」


「ありません!!」


 胸を張って堂々と言う私。そこに間違いはないもんね。するとガルシアさんが、


「そうか?」


と疑問を浮かべるように言う。あれ、もしかしてバレてる?


「まあいい、それはこれからわかることだしな」


 意味深なことを言うガルシアさん。それはどういう意味だ?


「それで話の続きだが、ルナ、お前はこれからロレーヌ姫の公務に同行することになったわけだが、働かざる者は食うべからず。お前に任務を与えようと思う」


「え~やっぱり働かないと駄目なの~」


「当たり前だ。それでお前に与える任務の内容だが、ロレーヌ姫と同性ということも考慮して、ロレーヌ姫の身辺警護を頼みたい」


「誠心誠意務めさせて頂きます」


 私は腰を90度に曲げてお辞儀をする。するとガルシアさんは、


「現金な奴め」


と呆れたように言う。なんと!!私の性癖がバレてるだと!?元の世界では――割とバレてたか。そんなにわかり易いかな私。


「それでだな、身辺警護員には必須事項が多数あるわけだが、ルナ、その中でも一番必要なことは何だと思う?」


 話の流れ的に言えば答えは武力一択だろう。しかし、このルナさんが素直に答えてあげるとは……駄目だ、これ以上ふざけ過ぎるのは危険が過ぎると私の危機察知レーダーが言っている。


「武力です」


「その通り、理由はわかるか?」


「武力がないと警護対象を護れないからですよね」


「それもあるが、少し違う。身辺警護員が護るべき対象は2人いるからだ」


 一人は警護対象だとして、もう一人は――誰だ?

 私が一人難しい顔をしていると見かねたかガルシアさんが口を開く。


「自分自身に決まっているではないか」


「あ!そうか」


「優先すべきは警護対象ではあるがその次は自分自身を護ってもらわねばならん。なぜなら――」


「警護対象を護る人員が減るから」


「その通りだ。だからお前には姫と自身を護るだけの力をつけてもらうべく私の下で訓練に励んでもらうことになる」


「了解です!!」


 気合を入れて敬礼をする私。そんな私を見てガルシアさんは「うむ」と満足そうに頷いた。


「それでだな、まずお前に習得してもらう技術がある。それは――」


「それは?」


「魔法だ」

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