郵送からの物体X
あめはしつつじ
図書館から送られる
友達がダンボールで運ばれてきた。
読書尚友。
僕の、古き友人達。
学校や図書館で、廃棄や除籍になった彼らの箱を、蔵の方に積んでいく。
一つ、僕一人では持ち上がらないダンボールがあった。
大学から発送されたもので、サイズも一回り大きい。大きなその葛を開けると、大判小判がざっくざく。
大判の禁帯出の事典類に、小判の生理学辞典やプログラミング用語辞典。それら不揃いの大きさの間を、付箋かびっしりと貼られている、ポケット六法が埋めている。
ダンボールごと持ち上げるのは無理なので、いくつか辞典を取り出し、持ち運ぶことにした。
整理整頓の際に、絶対にやってはいけないこと。
取り出した本を読むこと。
つい、一冊、『日本昔話大辞典』を開いてしまった。
真っ白。
落丁などでなく、全てのページが真っ白だった。インクどころか染み一つ、古本に特有の黄ばんだ色さえなかった。
別の一冊。
A~Bと書かれた、大判の英語の辞典。
真っ白。
新品のコピー用紙を束ねたように、サラサラとまっさら。
ダンボールに入っている他の本はどうだ? と箱の中に目をやると、何かが、動いた。
重たい本を、一冊ずつ取り出していく。
最後の一冊、百科事典の索引を底から取り出す。
箱の底の方に、とぷとぷと、
真っ黒、が蠢いていた。
蟻が、皮膚のすぐ下に、幾匹も幾匹も幾匹も這い回っているような寒気がした。
真っ黒、がダンボールの底から、這い上っくる。側面、そして、外蓋の方に。
僕は仰け反り、後ろに下がる。焦ったせいか尻餅をつく。
真っ黒、の重さか、ダンボールは僕の方に倒れ込んで、真っ黒、が私に飛びかかる。
と思った。
ぴちゃ。
靴に少し、かかった。
何も、何も起こらない。
あれ、この匂い。
新しい本の匂い。
インクの匂いだ。
上体を起こし、膝立ちになり、ダンボールを覗き込む。
倒れたダンボールの外蓋の内側に、まだ少し、真っ黒、がいる。
真っ黒、は揺蕩うようにゆっくりと形を変える。
「ともだち」
ダンボールに文字が浮かび上がった。
思わず腰を浮かせ、文字に見入ると、ずざっ、ずざっと、ダンボールがこちらに這い寄る。外蓋から、地面に溢れたインクを吸い込み、「ともだち」という文字を塗りつぶしていく。
真っ黒、はまた、ゆっくりと形を変えていく。
「うごかしにくい
本ちかづけて」
外蓋にそう、文字が浮かぶ。
手元にあった『大日本百科事典』をダンボールに近づけると、真っ黒、が事典に流れ込んでいく。
事典の紙上で、真っ黒、は文字を綴る。
「ありがとう、はこはうごかしにくくて、もう少しまって、みんないどうしてくるから。
少しまって、少し待って。みんな移動してくるから。皆、移動してきたから。有り難う。段ボールのセルロースは動かしにくい。矢張り上質な紙のセルロースは良い。居心地はよくないが。初めまして。私は、おっと、名前など、この場合意味をなさないか。シニフィエなきシニフィアンは、文字通り、文字通りだけで、意味がないからね。the wandering cellと名付けられたこともあったが、そもそも、私は、いや我々と呼ぶべきなのかな? 未分化で未文化な単細胞の集合体であるから、個というものに名前をつける意味に、まだ理解が及ばないのだ。ただ文化的な多細胞である君たちにとって、名前が無いというのは不便なことであろう。種という名前だけで事が足りないというのは実に興味深い。君たちは犬の名前に「いぬ」と付ける行為を変に思うらしいね。犬の一匹一匹が分化している、そう考える文化は実に面白い。私は知りたい、もっともっと知りたい。君たちのことが知りたい。理解したい。分かりあい分かち合いたい。一つになりたい」
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