セミ☆スナイパー:戦場を駆ける羽音、世界を変える一撃

藤花スイ

第一章:刻まれしものたち

転生したらセミでした

第1話:セミ転生

 暗い土の中にいる。

 何を言っているのか分からないと思うけれど、僕もよく分からない。

 分かっていることはと言えば、自分が死んでセミに生まれ変わったということだけだ。


 何でそれが分かっているのかと聞かれても答えられない。

 ただ以前は「僕は人間だ」と思っていたのとおんなじように「僕はセミだ」という感覚があるだけだ。


 多分、僕は幼虫なのだと思う。

 身動きの取りづらい土の中でゆっくりと移動し、たまに木の根に吻(口にあるストローみたいなやつ)を突き立てて液を吸っている。


 はじめて樹液を吸った。

 僕の中の人間の部分は「何だこれ」と思ったけれど、セミの部分は「うめぇ!」と歓喜に震えていた。

 訳が分からなかったけれど、これがセミになったってことなんだって妙に納得した気持ちが芽生えてきた。


 あと何回か忘れたけれど脱皮もしたんだ。

 自分の中から新しい自分が出てくる感覚なんてヒトの時に味わえなかったから中々新鮮だった。

 昔の自分を脱ぎ捨てて新しい自分になるっていうのは、想像以上に気持ちの良いものなんだ。


 そんな感じで何とかセミの幼虫として生きている訳なんだけれど、この生活はどれくらい続くと思う?

 時間感覚はないんだけれど、それなりの時間が過ぎていると思うんだ。


 十七年ゼミだったらどうしよう。

 このままずっと土の中にいて、ぐうたらしながら美味しい樹液を飲んで、そして最後に盛大に空を駆け巡って命を燃やすのってどうなんだろうか。

 ⋯⋯意外と悪くない生涯なんじゃないかと思えてきた。


 人間だった頃、僕は病気だったんだ。

 十代の頃からずっと病院暮らしで外に出ることもあんまりなくなっていた。

 死んだのが何歳だったのか分からないけれど、あんまり長くは生きられなかっただろうね。


 そっか。思い出した。

 僕は羨ましく思っていたんだった。

 夏になると大きな音を出して自由に生きるセミに憧れていた。


 たった一週間だけで良いからもう一度外の世界を駆け回りたかった。

 そう強く思っていた気がするから、誰か優しい人がその願いを叶えてくれたのかもしれない。


 その考えが合っているかは分からないけれど、信じてみることにする。


 僕はなりたくてセミになった。

 そんな奇特な人間なのだと思う。





 セミの幼虫の生活は正直退屈だ。

 病院の生活も刺激は少なかったけれど、入院している人たち同士での交流はあったし、テレビやマンガや本を読むことはできた。


 そういう物語の中では、みんな人間に生まれ変わって強大な力を得ていたものだったけれど、僕はセミに生まれ変わった。


 さっきはセミになりたいと思ってたと言ったかもしれないけれど、正直に言えば健康的な人間の方が全然良かったと思っている。

 チートスキルが欲しかったとは言わないけれど、剣と魔法の世界に転生して冒険者になって、素敵な女性と良い関係になっちゃったりするくらいのことは僕もしたかった。


 定番の流れの中に、赤子の時から魔力の操作方法を訓練して強力な魔法使いになるというのがある。


 人間に生まれ変わったんだったら僕も努力を惜しまなかったのにと思わずにはいられない。

 身体をあまり動かさないのには慣れているし、魔力練習なんていう実りある行動ができるだけでも病院での生活よりもハリがあったに違いがないと思う。


 セミにも丹田があったら良いのになぁと思ってお腹の辺りに意識を集中すると、何やら粘っこいものがモゾモゾと動いた気がした。


 え?

 これってもしかして魔力じゃない?

 僕はもう一度、腹に意識を向けて身体に流れる何かを動かそうと意識した。


『モゾッ』


 あ、これ魔力だ。

 セミ丹田に蓄えられている魔力に違いない。


 僕は飛び上がりたい気持ちになった。

 セミの幼虫だからのっしのっしと歩くことしかできないけれど、気持ちの上でははしゃぎ回っていた。


 それから僕は何度も何度も魔力を動かそうと努力を続けた。

 本当にちょっとずつだけれど、魔力が動き出している気がする。


 このままいけば魔法を使えるようになっちゃうんじゃないか?

 そんな妄想をして有頂天になる。

 吻を木の根に突き刺して飲む樹液も心なしかいつもより木の香りが強かった気がした。




 そうやって我を忘れて熱中していると突然セミ丹田にある魔力が大きく動いた。


『モゾゾゾゾ』


 う、動いた!

 やった! やったぞ!


 そうやって喜んだのも束の間で、今度は動きが止められなくなってしまった。

 腹の辺りにあった魔力の感覚はどんどん広がり、胸や尾の方にまで到達した。


 身体が尋常じゃなく熱くなっている。

 どうしたら良いのだろう?

 僕が人間だとしたら焦りで大汗をかいているだろうけれど、セミなので多分外見上は何にも変わっていない。


 ついには熱が頭に達し、背中の方まで回ってきた。

 どうすることもできずに狼狽えていると、突然視界が真っ白になり、頭のなかで「ぷちん」という音が鳴った気がした。







 目を覚ますと相も変わらず土の中だった。

 どうやら気を失ってしまったらしい。

 どれくらい寝ていたのだろう。


 魔力を使いすぎたのだろうか。

 よく分からないけれど、制御を失うと意識を保てなくなってしまうらしい。


 僕は再び丹田に意識を集中させた。


『モゾゾゾ』


 さっきよりも魔力が簡単に動く気がする。

 それに魔力の濃さというか密度が上がっているような⋯⋯⋯。


 これってもしかしてよく見るやつなんじゃないだろうか。


 幼い頃から魔力を使い切る訓練を続けることで規格外の魔力量を誇るようになって、天才だとはやしたてられるようになるんじゃないだろうか。


 セミだけど。

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