第14話 せがれいじり(前)

「………………おいおいマジかよ」


 部室の扉を開いた啓二が呆れて呟く。


 オタク研究会が出来てから暫く経っていた。


 ここに来るのは初日以来二度目だ。


 その時は三人が持ち込んだゲーム機を除けば、パイプ椅子と長机と古びた薄型テレビが一台あるだけだった。


 それが今は三台に増えている。


 一人一台という事なのだろう。


 それで三人のS級美少女はそれぞれ壁に向かってゲームに没頭していた。


 啓二が入って来た事にも全く気付いていない様子である。


(なんのゲームやってんだ?)


 気になって後ろから覗いてみる。


 海璃はスー〇ァミで遊んでいて、ソフトはシリーズ物の大人気RPG、浪漫チック佐賀3らしい。


「洞窟に怪物が住み着いて困ってる? 仕方ないわね! この勇者海璃様がサクッとやっつけて助けてあげるわよ! って、えぇ!? なに入口塞いでるのよ!? はぁ!? 最初から生贄にするつもりだった!? ふざけんじゃないわよ!? こうなったら絶対に生きて戻ってあの村長もぶっ倒してやるんだから! って、いぁあああああ!? なによこれ!? ね、ネズミの大群!? キモいキモいキモいキモい!? しかもメチャクチャ強いじゃない!? いやぁああああ! 死ぬぅううううう!?」


 あっさり殺され暫し茫然。


「なによこのクソゲー!?」


 ダンダンダンと台パンを連打している。


(気持ちは分かるが、このゲームは名作だぞ? まぁ、初心者が手を出すにはかなり敷居が高いが)


 啓二も遊んだことのあるゲームである。


 浪漫佐賀3はよくあるRPGと違ってレベルの概念がない。代わりに戦闘後にHPと使用した武器や術のレベルが上がっていくのだが……。


 固定敵以外の雑魚敵と戦闘すると回数に応じて敵も強くなってしまう。


 倒した敵が落とす金も少なく、稼ぎ方を知らないと宿代もままならない。


 ストーリー上の自由度も高く、最初からラスボス級の敵と戦える等々、初心者殺しのオンパレードだ。


 逆に遊び方さえ知ってしまえば何度でも遊べるスルメゲーでもある。


 スー〇ファミには他にも沢山遊びやすい名作RPGがあるのによりにもよってなぜこれを選んだのか。


 正直海璃にはまだ早いと思うのだが、啓二は何も言わない事にした。


(俺の判断でこいつのオタ活に口を出すのは闇の古参のする事だからな)


 そんなわけでテトラの元に向かう。


(宍戸の奴は〇リキャスか。このハードは癖の強いソフトが多いんだが……。ほぅ? オラタンか。良いソフトを選ぶじゃないか)


 テトラが遊んでいるのは電脳戦士バーチャロイドシリーズの続編だ。


 ジャンルとしては3Dロボット格闘ゲームといった所だろう。


 啓二が生まれる前に発売されたゲームだが、この手のゲームではいまだに最高傑作と言われている。


 カオスゲートでも人気があり、定期的に大会が開かれる程だ。


(使用機体はライデンか……。渋いのを選ぶじゃないか)


 ライデンは重装歩兵をロボット化したようなゴツイ機体だ。


 性能も見た目通り重装甲高火力。


 その割に機動力もそこそこあるので侮れない。


 右手にバズーカ、左手からはフリスビー型のボムを投げ、ライデンの代名詞とも言われる必殺技は両肩についたレーザー砲だ。


 まともに当たれば一発で体力が半分近く吹っ飛ぶ。


 装甲の薄い機体ならこれだけで即死もあり得る威力なのだが。


「オラオラオラ! 吹っ飛びやがれ! テトラ砲、発射ぁあああ! ってまた避けられた! ちょこまかと動くんじゃ――ぎゃああああ!? やられたぁあああ!?」


 当たらなければ意味がない。


 テトラの場合も考えなしの棒立ちブッパを高機動機体にジャンプで避けられ、そのまま隠し技である飛行形態からのダイブタックルを食らって負けている。


(分かってないな。レーザーは飛び道具じゃない。近距離武器だ。小技で牽制しつつ懐に潜り込んで至近距離でぶっ放すんだ)


 喉元まで出かけた助言をグッと飲み込む。


「ちくしょう! 次はぜってぇ勝つからな!」


(その悔しさがお前を強くする。それが格ゲーだ)


 後ろ姿に声なきエールを送り、最後は雛子の元へと向かう。


(こいつは〇レステだな。この中では一番選択肢が多そうだが……)


 数え切れない程の傑作名作を世に送り出した超有名ゲーム機である。


 ソフトの数も膨大で、グラフィックに目を瞑れば今でも十二分に遊べるタイトルが山ほどある。


 啓二自身暇を見つけては過去の名作を遡って発掘しているのだが……。


(なんなんだ、このゲームは……)


 どうやら啓二の知らないゲームらしい。


 しかも、物凄く珍妙なゲームだ。


 見た感じ3Dアクションのようである。


 頭が黄色い矢印の少年がキモいおっさんの顔がついた人面牛に乗って風邪の時に見る悪夢みたいなマップを移動している。


 行く手に現れたのは虚空に浮かぶ巻きグソだ。


 調べるとイベントが始まった。


『わすれないようになまえをつけて』


(は?)


 意味不明なテキストと共に選択肢が現れる。


『とぐろ』

『いっぽん』


(………………)


 雛子は迷わず『とぐろ』を選んだ。


 次の選択肢は。


『うんこ』

『うんち』


(どっちでもいいだろ!?)


 叫びたくなる啓二を尻目に、雛子は腕組みをして悩み始める。


(いや、悩む所か!?)


 結局雛子は『うんこ』を選んだ。


 またしても選択肢。


『うんのつき』

『うんめい』

『しりのつゆ』


(?????)



 なんだか悪い夢でも見ている気分だ。


 これには雛子もキョトンとして、「う~ん……」と熟考する。


 苦渋の表情で選んだのは『しりのつゆ』だった。


(よりにもよってそれかよ!?)


 漢字にしたら尻の汁だ。


 しかもとぐろでうんこである。


 普通にキモイ。


「とぐろうんこしりのつゆ」


 謎のフルボイスが入った。


 男の声である。


(誰の声だよ!?)


 唐突にイベントムービーが始まる。


 現れたのは木箱に入った菓子折りだ。


 ラベルには銘菓『しりのつゆ』と書かれている。


(おいおいまさか……)


 嫌な予感は的中した。


 蓋が開くと中には漫画みたいな巻きグソがお饅頭みたいにぎっしりお行儀よく並んでいる。


『おみやげにどうぞ』

『だれがかうの?』


(こっちが聞きてぇよ!?)


 謎のテキストの後、マップの別位置に土管から出たり入ったりするこっちを指さしする手が現れた。


『あんたがやまにうまれた』


「おぉ~!」


 嬉しそうに声をあげる雛子。


 ここで啓二の我慢は限界を迎えた。


「なんなんだよこのゲームは!?」

「うひゃぁ!? びっくりした!? 間君? いつの間に来たの?」

「さっき来たんだ。それよりなんだこのクソゲーは! 後ろで見てたがさっぱり意味がわからないぞ!」

「あたしだって分からないけど。せがれいじりってゲームだよ?」

「せがれ、いじり?」


 傍らにあるパッケージには若い女性と思われる手が黄色い矢印を握っている実写が描かれている。


「……聞くだけ無駄な気もするが。これはなにをするゲームなんだ?」

「せがれをいじって大きくするゲームだよ」

「……はぁ?」

「だから、せがれをいじって――」

「言い直さなくていい! どっちみち理解不能だ!」

「えっと、この黄色い矢印君がせがれみたい。で、せがれ君はある日ピンクの矢印の超プリティーなむすめさんを見つけたの。それでラブラブになりたいな~ってキリンのママさんに相談したら大きくなったらねっていわれて。だからせがれをいじって大きくするゲームって感じかなぁ」

「………………ド下ネタかよ!?」

「ほにゅ?」

「いや、分からないならいい。というか、分からないでくれ……」

「せがれがおちんちんの暗喩って事なら理解してるけど。ラブラブはエッチの隠語で、せがれいじりは一人エッチ――」

「だぁああああ!? 言うなバカ! 聞きたくない!」

「間君って案外初心なんだ? 意外かも!」


 面白がるように雛子が笑う。


「そんなんじゃない! 品性の問題だろ!」

「そんなに気にするような事じゃないと思うけど」

「それについてお前とこれ以上議論する気はない」


 ここには他の二人にもいるのだ。


 そんな所で下ネタトークなんかしたらなにを言われるか分かった物ではない。


「てかこのゲーム面白いのか? 随分真剣にやってるみたいだが」

「面白いよ? 全然先が読めないし、作文の後の謎ムービーはバカバカしくて笑っちゃうもん。それにあたし、これはせがれ君が一人前の男の子になる為の人生経験の旅だと思ってるから。最後まで見届けたいなって」

「……まぁ、お前が楽しんでるなら余計な事は言わないが。他に普通に面白そうなのが沢山あるのによくもまぁこんな奇ゲーに手を出したな」

「え~! だってせがれいじりだよ? タイトルからして面白そうじゃない?」

「全く理解出来ん」

「ちなみに次に遊ぼうと思ってるのはこちらです」

「LSD……。聞いた事ないゲームだな……。大丈夫なのか? それって確か幻覚剤の名前だった気がするんだが……」

「そうそう! 幻覚剤みたいなゲームなんだって! どんなのか気になるよね!」

「なるか!? 前から薄々思ってたんだが、お前、結構ヤバい奴だろ……」

「そんな事ないよ!? やって良い事と悪い事の区別くらいつくし! でも、それはそれとして好奇心というのはあるわけで……。ゲームで合法的にイケない事が出来るんならやってみたいでしょ?」


 それで啓二は理解した。


「あぁわかった。予備軍って事か」

「違うってばぁ!? 変なカテゴリーに入れないでよぉ!」



 つづく!

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