第22話 魔法で髪を乾かす宰相

「陛下、重大な事態が発生いたしました!至急、会議室にお越しいただきたく存じます」


 私がのんびりお風呂に入っていると、リナリスがドアをドンドン叩きながら叫んでいた。

 それにしても、一大事ばかりですっかり慣れてしまった。

 父上もこんな日々を送っていたのだろうか。


 すぐに体を拭き取って、換えの着物を着る。

 髪が濡れたままだけど、まあいいや。


 会議室に入ると、そこにはスカーレットが待っていた。

 スカーレットが帰ってきたのは嬉しいけど、重大な事態とは何があったの?


「陛下、大変です。スカーレット様が男と一緒に帰ってきました!」


 リナリスが興奮気味で報告してくる。

 そりゃあ、あのスカーレットが男性と一緒にいたら驚きなんだけど、そのくらいだったらもう少しお風呂に入っていたかった。


「ちょっと待って、その言い方おかしいから」


 スカーレットが慌てた様子で割って入る。


「スカーレット、任務お疲れ様。あなたの帰りを皆待っていたわよ。で、横の男性は誰なの?」


「私はベルモントと申します。魔界の農業政策をお手伝いするため、人間界からやってきました。以後、お見知りおきを」


 その男性はベルモントと名乗った。

 そうだよね、仕事関係の人だよね。


「ところで、陛下はなぜ髪がそんなに濡れているのですか?」


 スカーレットが不思議そうな顔をしている。


「リナリスが急かすから、髪を乾かせなかったのよ。髪を乾かす魔法でもあればいいのに……」


「ありますよ」


「えっ、本当にそんな魔法あるの?冗談で言ったのに」


「攻撃魔法だけが魔法じゃないですよ。濡れた髪を乾かすなんて、実に有意義じゃないですか」


 スカーレットは私の後に立ち、魔法で髪を乾かし始めた。

 暖かくて気持ちいい。

 そういえば、スカーレットの髪はいつもサラサラだったけど、こんな裏技を使っていたのね。


「この魔法は失敗から生まれたものなのですよ」


 スカーレットが低い声でそう言った。

 顔は見えないけど、きっと落ち込んだ顔をしているのだろう。


「え?そうなの?」


「はい。私は属性魔法が苦手なので、火球を出そうとしたら温かい熱が出るくらいだし、大風を吹かせようとしたらそよかぜが吹いたのです。そこでこれらを組み合わせたのが、この髪を乾かす魔法という訳です」


 スカーレットが属性魔法を苦手としていることは知っていたが、これほどとは……。

 それにしても発想の転換が上手いというか、柔軟な考え方だと思う。

 そんなことを考えていたら、私の髪は綺麗に乾いた。



「さて、落ち着いたところで、改めてスカーレットの報告を聞きましょう」


 サラサラになった髪を撫でながら、私はスカーレットの話に耳を傾ける。

 それにしても、この人、本当に何でもアリだな。


「平和条約ですが、無事にこちらの希望通りで締結できました。さらに食料援助と人員援助も引き出すことに成功しました」

「ベルモント殿は農政の専門家として派遣されたので、当面の課題となっている農業改革に従事していただきます。具体的には治水、農地改良、適した作物の選別から始めます」

「経済再建については、貿易の早期再開が決まりました。人間界からは魔晶石が求められていますので、王宮の倉庫にあるものを放出しましょう」


 そして、人間界の皇帝がサインした書面を差し出した。

 条約締結は間違いないようだ。

 これで人間界からの脅威は取り除かれ、再建の道筋も示された。


「スカーレット、今回の任務も実に見事でした。今後、あなたには宰相として政治の指揮を執ってもらいます」


「私が宰相ですか!畏れ多いことです」


「民からも宰相に推す声が多く寄せられています。これからも民のためにその頭脳を活かすように」


「陛下のご命令とあれば、謹んでお受けいたします」


 スカーレットは王都の孤児院にいたところを、父上が見出したと聞いている。

 幼い頃から飛び抜けて優秀だったと思うが、孤児院出身者が宰相となったのは例がないようだ。

 さらに、初の女性宰相でもあり、最年少記録も更新することとなった。

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