転生予定者を轢き殺したトラック運転手、同じ世界に転生して復讐を計画する

毒の徒華

第零章 開演と終幕

第0話 トラック運転手、転生することになった




「主文、被告人を懲役5年の刑に処す」


 これが俺の人生の最大の転機だったのかもしれない。


 自分の人生の転機がどこにあったのか探し始めれば、きっともっと小さな転機が重なってこうなったのかもしれない。


 それは俺が国立大学を出て警察官になったときだったのかもしれない。

 あるいは警察官の人間関係に疲れて2年で辞めたときか?

 それともそれから人間関係に悩まずに済む孤独なトラック運転手になったことだっただろうか。

 マッチングアプリで会った彼女とそのまま結婚したこととか。

 子供ができて自分が父親になったときか。


 いや、別にそこまではいいとして。


 俺が運転するトラックで人を轢いちまって、そいつが死んじまったんだ。

 俺も悪かったと思うよ。


 運が。


 そこからは崖から飛び降りるみたいに真っ逆さま。

 不運が重なりに重なって、最終的に懲役5年の一発実刑判決。執行猶予なし。

 刑務所行き。

 まさか元警官の俺が刑務所に入れられることになるなんてな。


 刑務所はとにかくつらかった。

 走って逃げられないようにいつもサンダル暮らし。冬はそれも原因で霜焼けになった。

 雑居の連中のいびきやら、トイレに起きて流す音で目を覚まして、それから眠れなくなったし、寝不足で昼間の作業中に居眠りしてれば下手したら懲罰房行き。


 まぁ、それでも……


 それは5年も耐える必要はないと思ってたのに、カミさんが離婚届を手紙で送ってきたときが一番しんどかったかもな。

 俺は離婚したくなかったけど、こんな状況で「離婚したくない」なんて言えるわけもなく、泣きながら離婚届にサインして送り返したよ。

 おかげさまで身元引受人がいなくなって5年満期で出る羽目になった。


 当然会社はクビにされてたし、刑務所から出ても俺は行く場所なんてどこにもなかった。

 家もないし、元手の金も数万しか持ってなかった。いきなり社会に放り出されても行く場所なんてあるわけねぇだろって話。

 どこに行ったらいいか分からなかったけど、生活保護の申請だけは嫌だった。

 元々警察官だったしな、そういうプライドみたいなもんはあったと思う。


 ホームレスに混じって自販機の下から小銭探したり、捨てられてる缶とか拾って金に変えたり、炊き出しでなんとか食いつないだり、銅線集めてきて金に換えたり……

 つまるところ、ろくな稼ぎもなかったってことだ。

 いつも俺が食ってたのはなけなしの金で買ったハンバーガーとか、コンビニの廃棄された臭い飯とか。


 でもまだ俺から奪い取り足りねぇって感じで、物価高が俺を直撃した。


 俺は100円のハンバーガーが200円になって、ハンバーガーすら買えなくなった。コンビニの廃棄弁当も相当厳重に廃棄されて、食うもんがなくなった。


 訳ありの連中が履歴書も身分証もなしに働ける力仕事もあっただろうけど、俺はそういう仕事はしなかった。

 どいつもこいつも刑務所上がりで、まだ刑務所にいるような気分になったし、俺はそういうプライドみたいなもんが強くてさ。


 いや、実際は俺は「早く死にたい」って思ってたから、だからそこまでして生きたくないって思ったんだよな。


 当然そんな生活も長くは続かずに、俺は栄養失調だか、凍死だか、死因は定かじゃないけど死んじまったらしい。


 まぁ、そこまでは想定通りだわな。


 ただ運が悪かった男の話だ。


 俺は、人間が死んじまったら「無」になると思ってた。

 無神論者さ。

 神の国なんてないんだ。死んだらそこで何もかも終わりだってそう思ってた訳だ。


 だが、俺は死んだ後に「神」に会った。


 無神論者の俺が?

 神に会ってお茶会するみたいにお話するなんて、誰がそんな与太話を信じるってんだよ。

 でもこれは本当なんだ。


 そこで神から全ての真実を聞いた。


 俺は信号無視をして横断歩道を歩いてた歩行者を殺したと裁判で認定されていた。

 でも本当は歩行者の方が歩きスマホで信号無視で飛び出して来たってこと。

 まぁ、俺が不利になった理不尽な状況の全部を聞かされたけど、1番許せないのは、ふらふら歩きスマホして俺が轢いて死んじまったその男が、転生とかいうのをして今は悠々自適に面白おかしく暮らしてるっていうことだった。


 神が言うにはそいつは転生予定者だったとかなんとか……。


 俺が刑務所で死にたいと思う程の苦痛を受けていたってときに、その男はとにかく楽して安穏と生まれ変わった。


 俺が自分のカミさんと子供を失ったときに、その男は新しい家族に囲まれて幸せに暮らしていた。

 俺がゴミ漁って殆ど腐ったようなもん食ってるときに、その男は美味いもん食って、ぬくぬく生活していた。

 俺が自動販売機の下の小銭を探している間に、その男は親の金で簡単に好きな物を買っていた。

 俺がくたばって路地裏で動かなくなってから3日も誰にも気付いてもらえなかったとき、その男はちょっと熱が出ただけで手厚い看病を家族や使用人から受けていた。


 無神論者の俺から言わせてもらうが、仏だって俺の立場だったら助走をつけてそいつのこと殴ってるだろ。

 いや、ただ殴るだけで留まらずに殴殺するだろ。


 それで、神は不憫に思った俺にも転生の機会をくれたんだってさ。

 よく分かんねぇけど、1つだけ「ちーと能力」ってのがもらえるって話だ。その俺が轢いた男も「ちーと能力」をもらったらしい。


 ここからが本題なわけだが、俺はいくつもの生まれ変わる世界を選ぶことができたわけだ。

 現実世界と同じ世界も選べたし、何の苦悩もない安穏とした世界も選べた。今度こそ俺は幸せになる為の選択肢ができたはずなんだ。


 でも、俺はその男に対する憎しみでおかしくなっちまった。

 そいつがふらふら出てこなかったら俺の人生は真っ逆さまじゃなかったはずだ。


 いや……そんなことないかもな。

 カミさんと子供と上手くいかなくて破局してたかもしれないし、仕事だって物価高もあったし全然上手くいかなかったかもしれない。


 それでもさ、怒り狂ってる俺にはそんな冷静なこと考える余裕はなかったんだ。


 俺の頭にはその男に対する復讐心しかなかった。

 だから、そいつを地獄に叩き落してやろうと思って、同じ世界に転生することにした。


 その世界は、魔王と人間が小競り合いしているような、ありきたりな一昔前のゲームのような世界だった。

 そこで「めっちゃ強い攻撃魔法」の「ちーと能力」をもらって魔王退治して英雄になろうとしてるらしい。


 ガキかよ。


 確かその男は35歳だったはずだ。ガキのまま大人になるとこうなるんだろうな。


 まぁ、色々俺も考えたけど、俺が神にもらった「ちーと能力」は……――――

 なんて、解説しても面白みねぇわな。


 俺とその男との違いは「運」だ。

 俺はとにもかくにもついてねぇ。

 一方でその男はとにかく何の実力もないが「運」だけはいい。


 その「運」は、転生したときに精算されて、それ以降は自分の実力でなんとかできるように神は采配してくれた。これは不運続きだった俺に対するオマケみたいなもんかな。


 とにかく俺はその男と同じ世界に転生したって話。


 俺の復讐劇の始まり始まり……



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