一章 千年の邂逅/三 夢の中で会った人【2】

 聖とともに庭に出ると、白い花が一面に咲いていた。

 凜花の着物に描かれたものとよく似ているそれは、丸みを帯びた花びらが数枚重なっている。白い花びらの縁はピンク色だった。

 一見すると花の形はバラに似ているが、チューリップのように一本ずつ咲いており、茎には棘もないことから別物だと思った。



「この花……なんて名前ですか?」


「凜だ」


「凜……」


「天界にしかなく、中でも龍の力が強い場所を好んで花を咲かせる」


「天界?」


「ああ、それもまだ話していなかったな。まずはそこから説明しよう」



 彼は、凜花の背中に手を添えてゆっくりと歩き出し、玄関の方に回った。赤い屋根の大きな門には見覚えがある。

 傍には、大きなご神木のような木と澄んだ池があった。



「この池を覚えているか?」


「昨日の池に似てるような……」


「そうだ。これは下界と天界を結ぶ、言わば扉のようなものだ」


「扉?」


「ああ。この池を介して、凜花がいた下界と繋がっている」


「私がいたって……ここはそうじゃないんですか?」


「ここは龍の住処――天界だ」



 聖はなんでもないことのように話しているが、凜花の思考は追いつかない。



「それって、どういう……」


「龍とその血を継ぐ者たち、そして龍のつがいとなる者しか住めない場所ということだ。下界とは違い、天界は誰でも足を踏み入れられるところではない」



 凜花の中では、まだ彼が龍であるということも半信半疑だった。

 昨日の光景を思い出せば疑いようはないのだが、一晩経ったせいか今はいまいち信じ切れないである。



「でも、私……人間で……」


「凜花は特別なんだ」


「特別?」



 小首を傾げる凜花に、聖の目が柔らかな弧を描く。



「昨日会ったときにも夢でも何度も言っただろう? 俺のつがいだ――と」



 美しい笑みに、心ごと飲み込まれてしまいそうだった。

 胸の奥が高鳴って、きゅうっと苦しくなった。

 凜花は、自身の心の中に芽生えた知らない感覚に戸惑う。



「つがいって……」


「わかりやすく言えば、花嫁ということだ」


「それって、結婚するってことじゃ……」


「いずれはそうなってもらう。だが、今はまだそこまで考えなくていい。昨日の今日だ、凜花は混乱しているだろう?」



 小さく頷きながらも、〝今は〟とつけられていたことに引っかかる。

 つまり、〝いずれはそうなってもらう〟という言葉通りになるのかもしれない。

 そもそも、龍だとか天界だとか、まるで現実味がない。

 けれど、聖の説明に納得できずにいる一方で、凜花の中には彼の言い分を信じようとしている自分がいた。

 上手く言えないが、本能が聖を否定することを拒んでいる気がしている。



「つがいって……どうやってわかるんですか?」


「龍にとって、つがいは唯一無二の存在だ。誰に聞かずとも、龍としての魂が教えてくれる」


「魂って……」


「こう聞いても信じられないかもしれないが、凜花もいずれわかるときが来る」


「でも……私は人間だし、魂とか言われてもわからないっていうか……」


「今はな」


「え?」


「少しずつ俺を知っていけばいい。そうすれば、きっとすぐにわかる」



 たじろぐ凜花に反し、彼の表情は自信に満ちている。

 まるで、いずれ必ずわかる――とでも言いたげだった。



「凜花は身寄りがないのだろう?」


「はい……。でも、どうしてそんなこと……」


「凜花の魂は随分と傷ついていた。俺は龍の中でもそういうことを察するのが得意なんだ。事情はわからないが、つらいことがあったんだろう?」


「ッ……」



 すべてを見透かすような瞳に捕らわれて、凜花の目がじんと熱くなる。

 なんとか涙をこらえたが、今にも泣いてしまいそうだった。



「話せるときが来たら、いずれ凜花のことを話してほしい。それまでは難しいことは考えなくて構わないから、ここでゆっくり魂を休めるといい」


「でも……私、お金もないですし……」


「お金?」



 きょとんとした聖が、次いで小さく噴き出す。



「心配するな。俺のつがいを俺が守るのは当然のこと。凜花はただ俺の傍にいてくれればいいんだ」



 甘えてしまってもいいのかと、戸惑いや不安はあった。

 けれど、凜花の中にあるなにかが、彼の傍から離れたくないと訴えている。

 そんな風に感じて、凜花は思わず小さく頷いてしまっていた。


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