第64話

 アルバスさんが私たちに言った、グロス上級公爵家の秘密書庫。そこには彼の悪行の数々を証明する証拠資料が保管されているという。私たちの急務はその場所の特定だけれど、私たちが秘密書庫の場所を探って動いているのを、彼が黙って見ているだけのはずがない。必ず何か仕掛けてくるはず…。

 …また偽りの告発文だろうか…?それとも次は自身が乗り込んできて抗議でもするつもりなのだろうか…?

 内容はともかく、そんな私の予想は見事に的中するのだった。


「おい!来たぞ!」


 上級さんが足早に私たちの元へと駆け寄る。その手には一通の手紙。…私は反射的に嫌な予感がした。前にも似たようなことがあったから…

 シュルツがその手紙を受け取り、内容へと視線を移す。私もシュルツの横から手紙をのぞき込む。


「…やれやれ、今度は法院にお呼ばれみたいだ」


 …ということは、今度は司法のほうに圧力をかけて私たちを追い落とそうという腹積もりなのだろう。まったく次から次へとよくも思いつくものだ…。


「法院か…いよいよ向こうも手段を選ばなくなってきたな」


 ジルクさんがそう言い、私もうなずいて同意する。しかしいくら上級公爵といえども、法院に圧力などかけられようはずもない…。つまり向こうはかなり追い詰められている様子がここからうかがえる。


「僕らの目的に向こうも気づいたんだろう。目的は時間稼ぎだろうか…?」


 シュルツがそう推測する。私も同じ考えだけれど、あの人の事だからまたなにか隠し玉を持っているんじゃないかと、若干の不安を感じる。


「それで、法院召致の日付けは?」


「えっと…3日後だ」


 3日か…。告発の時も思ったけど、相変わらず上級公爵は時間で攻撃するのが上手だな…。私たちも同じ手を使えないものだろうか…?

 しかし3日という厳しい制限にもかかわらず、シュルツの表情はやる気で満ちあふれている。


「法院召致という事は貴族達はもちろん、上級公爵に関係する全ての人間が集まるんだろう。彼の悪事を暴くには絶好の場だ。すべての証拠をそろえ、そこですべてに決着をつけよう」


 シュルツが言ったその言葉に、私もジルクさんも強くうなずく。


「3日以内にすべての証拠をそろえるわけか。こりゃ忙しくなりそうだ」


 腕を組み、苦笑いを浮かべながらそう言うジルクさん。けれどその表情もまたやる気で満ちあふれている。そして私もジルクさんに続こうとしたた時、意外な人物が声を上げた。


「僕も!僕も手伝うよ!」


 …いつの間にか、ルーク君が私たちの話を聞いていたらしい。…気持ちはすっごくうれしいけど、巻き込んでいいものかどうか、少しばかり考えを巡らせた。


「ルーク君、気持ちは嬉しいんだけど…」


 しかしルーク君の決意は固く、その瞳もまたやる気と信念に燃えていた。


「お父さんの無念を張らさなくちゃいけないんだ!僕がやらなきゃ!」


 その勇敢な思いを、いったい誰が止められようか。私たち3人は互いに顔を見合わせ、意思を確認した。


「分かった!手伝ってくれ!」


「…まぁ、いいだろう」


「ルーク君、よろしくね!」


 頼もしい助っ人も加入したところで、私たちは反撃への大きな第一歩を踏み出した。


――イリエ視点――


「大変お待たせいたしました、こちらがグロス上級公爵家の貴族資料の原本になります」


 アノッサ皇帝府長が貴族資料を手に、私の前に姿を現す。…申請したのはかなり前で、見つかったのがつい最近…。やはりこれを見つけるのには苦労されたようだ。私は彼に感謝の言葉を述べた後、そのまま続けて思ったことを伝える。


「これが出てきたという事は、やはり提出されたほうの資料は偽りのものでしたか」


「はい、そういうことになります。ロワールさんのお考えの通りです」


 貴族は定められた周期ごとに、自身の貴族資料を帝国貴族院に提出しなければならない。その理由は、貴族が貴族たる資金運用をきちんと行っているか、そこに不正がないかどうか、真に領民のための活動ができているかどうかなどを帝国がきちんとチェックするためだ。当然上級公爵家も財政資料を提出していたわけだが、あれは偽りのものであったという事が今はっきりした。


「貴族院に原本があったという事は、偽りの資料の方はチェックが終わった段階で破棄し、原本とすり替えるつもりだったのでしょう」


「ええ。全く、どこまで汚い人間なのか…」


 そのような会話をはさみ、私は問題の上級公爵家貴族資料の内容へと目を通す。これが原本であるのなら、彼の決定的な不正がここに記されているに違いない。…しかし、その思惑は見事に読み切られていた…。


「…ない…」


 内容を一式確認した後、私がこぼしたその言葉に、皇帝府長は驚愕する。


「!?、ど、どういう事ですか!?」


 資料を何度も何度も確認しながら、私は情報を告げる。


「…小さな不正の痕跡こそ見受けられますが、ここには肝心の、上級公爵が他の貴族に債務を移したという記載だけがないのです…」


「な、なんですって…」


 …やられた、としか言いようがない。上級公爵はこうなることも想定し、ここに債務飛ばしの証拠となる記載を一切残さなかったのだ。


「…それはつまり、その記録だけ、上級公爵が別に保管したと…?」


「…あるいは、そのアルバスなる人物が話した上級公爵様の債務飛ばしそのものがでっち上げなのかもしれません…」


 決定的な証拠がつかめるはずが、逆に追い詰められてしまう結果となった。…この裏資料の存在を上級公爵様に突き付けたところで、適当な言い訳でかわされるだけだろう…。決着をつけるためにはやはり…


「…秘密書庫を探るしか…」


 そう、上級公爵様がひそかに保有しているという秘密書庫、やはりそこを探し出すしか方法は…


「実はその事なんですが…」


 しかし私がそう考えていた時、皇帝府長がなにか言いづらそうな表情を浮かべながら口を開いた。


「帝国騎士団までも動員し、秘密裏にグロス上級公爵家一体を大規模に捜索したのですが、それらしい場所は見つからず…」


 …これは本格的にまずいかもしれない。


「…法院召致は確か3日後でしたね?」


「ええ」


「これは急がなければいけません…間に合わなければ、向こうは今度こそどんな手を使ってくるかわかりません」


 私は約束したのだ。必ずやお二人に帝国の未来を導いていただくと。こんなところで諦めるわけにはいかない。絶対に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る