第61話
「そうそう!ルーク君上手!」
「えへへ、ありがとう!」
そう言葉を交わしながら、私はルーク君の頭をなでる。この子は本当に要領のいい子で、教えている私自身も信じられないくらいの上達ぶりだ。もうすでに簡単なお料理ならマスターしているように見える。
「それじゃあ次は、こっちをやってみようか!」
「うん!」
そんな様子でルーク君との幸せな時間を送っていたその時の事。
ガシャーーーン!!!!!!!!!
突然屋敷の外から大きな音が聞こえてきた。何かガラスが割れたような、あまり穏やかとは言えない音だった。それが気になった私はルーク君と共に、急いで音の場所に向かった。
屋敷の外に出てみると、見知らぬ男性をジルクさんが取り押さえていた。どうやらさっき聞こえてきたあの音は、二人が争っている時に何かの拍子で近くに置かれていた瓶が割れてしまった時のもののようだ。
謎の男の人を完全にとらえたジルクさんは、彼に質問を投げかける。
「お前何者だ?さっきからずっと屋敷をのぞいてたみたいだが」
男の人は震えながら、ジルクさんの質問に答える。
「わ、私はただ通りかかっただけで…別に何もしていませんってば…!」
しかしその時、私の後ろに隠れながら男の人の顔を確認したルーク君が、小さな声でボソッとつぶやいた。
「…アルバス…さん…?」
男の人もまた、声を発したルーク君のほうへと視線を移し、その顔を確認した瞬間顔色が変わる。
「ル、ルーク様…!?」
ルーク君の姿を見た男の人は悲しそうな、けれども嬉しそうな、複雑な表情を浮かべながらそう言った。
「なんだ?知り合いか?」
二人のやり取りを聞いたジルクさんは、視線を男の人の方からルーク君の方へと移す。ルーク君は私の後ろに隠れて私の手を強く握りながら、その質問に答えた。
「は、はい…お父さんの…臣下の方です…」
し、臣下の方って…!?
「…おい、どういう事だ?」
ジルクさんは再び、ルーク君がアルバスと言った人の方へと視線を戻す。
「…」
彼は俯き、質問に答えない。私もジルクさんに続き、彼に言葉を投げる。
「…もしかして、あなたは亡くなった伯爵様の事で、何か知っていることがあるんじゃないですか??だからここに来たんじゃないですか??」
「っ!!」
彼から返事は得られないものの、私は言葉を続ける。
「お願いします!!何かご存じの事があれば、私たちに話して下さい!!アルバスさん!!」
「…!」
それでも彼は答えなかった。しかし彼の表情は、自身が何かと葛藤しているように見えた。沈黙の時間はしばらくの間続き、私たちが再び彼に言葉を発そうとしたその時、別の人物の声が聞こえた。
「これはこれは、探す手間が省けたというものです」
声の主は他でもない、シュルツであった。どうやら公務を終えて戻ってきたらしい。…けれど、探す手間が省けたっていうのは…?
「あなたとお話がしたかったのです。亡くなったハクト伯爵の臣下の一人だった、アルバスさん」
「…!」
シュルツがこの場に現れ、少しばかり空気がひりつく。そんな様子が怖かったのか、ルーク君が私の足にしがみついてくる。私は姿勢を低くし、ルーク君を抱きしめながら言葉をかけた。
「…大丈夫だよ、ルーク君。怖くないからね」
「う、うん…」
そして相変わらずアルバスさんを取り押さえているジンさんが、シュルツに説明を求める。
「シュルツ、お前こいつを知ってるのか?」
周囲の様子を見回し、一間をおいて、シュルツはゆっくりと説明を始めた。
「先ほど私は、皇帝府の監査部に保管されている、亡き伯爵様の貴族資料を確認してきたのです。そこにはいくつかの不審な点がございました」
「っ!!」
シュルツのその言葉に、明らかに動揺している様子のアルバスさん。そんな彼に構わず、シュルツは説明を続ける。
「不審な点に関しては今もなお調査中ですが、確かなことが一つあります」
シュルツはアルバスさんに一歩詰め寄り、核心をつく。
「伯爵様の死後、あなたは伯爵様の資産の一部を受け取っていますよね?それも、証拠が残らないようにわざわざほかの貴族家を経由して」
「っ!」
アルバスさんは歯ぎしりをしながら、こぶしを強く握りしめているように見える。…その表情は悪事が露見することを恐れているというよりも、どこか悔しそうで悲しそうな表情だ。
シュルツはまた一歩アルバスさんに近づくと、言葉を続ける。
「しかも臣下の方々の中で、伯爵様の資産を受け取っていたのはあなただけのようですね?これは一体どういうことですか?」
「…おい、黙ってねえで答えろ」
相変わらず沈黙を貫くアルバスさんにジルクさんが追撃をかけるが、彼はそれでも何も話さない。しかしシュルツは構わず説明を再開する。
「セフィリアさんやルーク君でさえ、伯爵様の資産は全く受け取ることができなかった。それなのに、あなただけがどうしてそれを受け取ることができたのですか?伯爵がそのような遺言を残したとは考えにくいですし、偶然たまたまそうなったとも考えられない。私はそのからくりに、大いに興味があるのですが?」
「…!!」
アルバスさんは少し嗚咽をもらしたものの、言葉での返事は相変わらずしなかった。
「おい!!!!早く答えろ!!!!!」
ジルクさんが荒い声でアルバスさんに詰め寄る。ルーク君はジルクさんの声にびっくりしてしまったのか、より強く私にしがみついてくる。
「っ!大丈夫よルーク君、大丈夫!」
…私はルーク君をここから移動させるべきかどうか、少しだけ迷った。まだ子供のルーク君に、この光景は酷なのではないかと考えたから。…だけど、私は彼をここに残すことに決めた。お父さんの死の真相を知る権利が彼にはあるのだから。なにより彼の目が、ここに残って戦うことを望んでいるのだから…!
ジルクさんの詰めが効いたのか、アルバスさんがついにその口を開いた。
「っ仕方が無かったんだっ!!!!!」
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