第51話

 総合資産表…そのあまりにも理不尽な記載方法に、私は反射的に上級公爵に言葉を投げる。


「上級公爵様!!こんなの気づけるわけありません!!無茶苦茶です!!」


 しかし彼は私の言葉を聞き入れるどころか、むしろ私を煽り返してくる。


「まったく、ソフィア様は演技がお上手ですなあ。本当はとっくにお気づきなのでしょう?けれども罪が発覚するのが嫌でそんな言い訳を」


「違います!絶対にこの通知書に問題があります!!」


 100人いれば、100人が私に同調してくれるはずだ。それほどに悪意に満ちた通知書だった。


「やれやれ…気づかなかった自分たちの責任を棚に上げ、すべてを通知書のせいにされては困りますなぁ」


 当然ではあるけど、いくら抗議したところで彼は話を聞きいれてはくれない。私は訴える相手を上級公爵から調査団リーダーのフォルテさんへと変更する。


「フォルテさん!!こんなの認められるんですか!?こんな表記気づけるはずありません!!」


 フォルテさんは表情を変えず、冷静に返事をする。


「…準備資料の記載方法に、細かな基準はございません。基準はただ一つ。書かれているか、書かれていないかだけです」


 フォルテさんは私たちの気持ちを汲んでくれる表情を浮かべてはくれたものの、ルール上向こうに非は無いとの立場だ。


「ぐふふふ」


 フォルテさんの言葉のおかげでさらに自信がでてきたのか、信じられないほど満面の笑みを浮かべる上級公爵。そんな彼を前にただただ焦りを募らせる私たちに、フォルテさんが冷静に、かつ冷酷な言葉を発する。


「…ご提出いただけないのなら、この件をそのまま報告書に記載させていただきますが、構いませんか?」


 それはすなわち、総合試算表には私たちにとって不利益な記載があるため準備を怠った、と理解されることを意味する。…な、なにか打つ手は…!?私はとっさに頭に浮かんだことをそのまま口にする。


「わ、分かりました!!用意するのでお時間を!お時間をいただけませんか!?」


 通知書に非がないと言われてしまっては、もうこれしかない…できるかは分からないけど、それでもやるしか…


「おやおや、時間稼ぎのつもりですか?付き合う必要はないと思いますよフォルテ統括。彼女はもう犯罪者で決定なのですからなぁ」


 上級公爵と私に挟まれる形となったフォルテさん。…彼が口を開くまで、一瞬とも一時間とも思える思い沈黙が部屋を包む。


「あくまで調査会は本日の日付ですので、本日中までであれば問題はないかと思われます」


 フォルテさんのその言葉に、私は少しだけ希望を見出す。そのままシュルツたちのほうに振り向き、皆に声をかける。


「シュ、シュルツ!急いで仕上げよう!!」


「…」


 しかしシュルツを含む皆は、完全にうつむいて黙り込んでしまっている。…せっかくフォルテさんが時間をくれたのに、一体どうして…


「ジ、ジルクさんも!みんなで作ればきっと」「無理だ…」


 私の言葉を、ジルクさんがうつむいたまま遮った。その表情はこれまで見たこともないほど悔しそうで、無念そうだった。


「無理なんだよ…総合資産表は記載内容が膨大で、全員で寝ずに取り掛かったって一週間はかかるほどの代物だ…とても間に合わうわけがねえ…」


「そ、そんな…」


 …その言葉を聞いた私はゆっくりと、上級公爵のほうへと顔を戻す。そこには完全に勝ち誇った表情を浮かべる彼と、全く同じ表情で隣に座るエリーゼの姿があった。

 …そうか、二人ははじめからこれが狙い…。私たちの気を準備資料に散らしておいて、本命はこの準備資料外からの攻撃…


「ソフィア様、いかがされますか?」


 フォルテさんの言葉に、私は返事をすることができない。私の頭の中は、これから先に起こるであろう事でいっぱいになっていた…

 資料を準備できなかったこの一件だけで反逆罪に問われるなんて、普通ならあり得ない。けれどこの一件を皮切りに、私に不審なイメージを植え付けることはできる…。その上上級公爵は皇帝府にも貴族にも顔が利く。この一件で勢いづいた彼が、ありもしない証拠をでっちあげて私を有罪にすることなんて、彼なら簡単なことだろう…。そして私の犯罪を暴いたことになる彼は帝国のヒーローになり、次期皇帝の座を確かなものとする…。まさに完璧なシナリオ…。

 私は脱力し、倒れるように椅子に座り込む。その姿を嬉しそうに見た上級公爵が、ゆっくりと全身を舐め回すように見ながら私に告げた。


「くっくっく。ソフィア様、ご心配なく。失脚された後も、私が優しく可愛がって差し上げますからなぁ」


「…っ!」


 想像するだけで震えが止まらない。そんなことになるならいっそ死んだほうが…


「ソフィアっ!」


 隣に座っていたシュルツが、突然私の手を強く握る。


「どんなことがあっても、必ず君だけは守ってみせる…!絶対に…!!」


「シュルツ…」


 私をかばったりしたら、あなただってどうなってしまうか分からないよ…


「ぐふふふふ。それでは私はこれで」


 完全勝利、といった表情を浮かべながら席を立ち、扉へと向かう上級公爵。その後にエリーゼも続く。誰もが公爵側の勝利を確信した、その時だった。


「失礼いたします」


 不意に会議室の扉が開かれ、ここに第三の人物が現れた。

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