第49話

「シュルツ様!見張りから連絡です!!調査団がもうすぐそこまで来ていると!!」


「…そうか、分かった」


 調査団は事前予告なしに乗り込んでくるため、本来ならば到着時間など分かるはずもない。そこで私たちは、向かってくると予想される場所に見張りを立て、それらしい人物がこの辺りを通り過ぎないかどうかをマークする作戦をとった。貴族家周辺に住む人々も快く協力してくれ、交代で見張りに当たっていた。…そしてついに、その時が来てしまった。

 私たちの不眠不休での作業の終わりを迎える連絡だというのに、これじゃまったくうれしくないや…


「ちっ。準備完了まであともう少しだってのに…」


「用意できなかった分は、聴取の場にて答えるしかありませんね…」


 悔しそうな表情を浮かべるジルクさんに、そう言葉を発する私。しかし自分で言っておいて何ではあるけど、その場で答えるなんてできるんだろうか…?


「ジルクちゃん、破棄資料の処分はちゃんと終わってる!?」


「当たり前だ!誰に言ってやがる!」


 見られたらいちゃもんを付けられる恐れのある資料などはノーレッジさんが判断し、ジルクさんが処理を担当していた。…すっごく仕事のできるこのメンバーでさえ間に合わなかったんだから、やっぱり絶対間に合わないじゃないか…と、今そんなことを思っても仕方のないことではあるけど、どうしても思ってしまう。

 その時、ついに最後の知らせがもたらされる。


「調査団の方々がご到着です!!」


 使用人のその言葉を聞き、私たちは急ぎ門の前で迎える姿勢を整える。それは一瞬にも感じられたし、一時間にも感じられた。

 …ぞろぞろと調査団の人たちが屋敷の前に姿を現し、列を整える。調査団の代表と思われる人物が一歩前に出て、簡潔に自己紹介をする。


「本件に関し組織された調査団の代表を務めます、フォルテと申します」


 フォルテさんは髭を生やし、いかにもこの道のベテランといった風格を醸し出す。こちらの代表としてはシュルツが一歩前に出て、同じく簡潔に自己紹介をする。


「私がシュルツ、こちらがソフィアです」


「よ、よろしくお願いします!!」


 何にも悪いことはしていないんだから堂々としていていいんだよ、とは言われているものの、やっぱり体が緊張してしまう…

 フォルテさんが私に一礼をした直後、彼の後ろから私たちがよく知る人物の声が聞こえた。


「やあやあシュルツ様、あの皇帝府会議の時以来ですなぁ。お変わりなさそうで何よりでございます」


 今回の件の主犯であり、私たちにとっての最大の障壁、グロス上級公爵の姿がそこにはあった。彼は一通り皆の表情を見回し、さらに言葉を続けた。


「いや、お変わりないはずはありませんなぁ。あろうことか、ご婚約相手の女性が帝国の反逆を企んでいたのですからなぁ!これではもう次期皇帝を名乗れるのも時間の問題でございますなぁ!!くっくっく」


 もうすでに勝ち誇った表情で、シュルツに歩み寄って声を上げる。


「ええ。真に帝国に対し反逆の意思がるのは一体誰なのか、この調査で明らかになる事でしょう、グロス様」


 上級公爵の挑発には乗らず、あくまで冷静に言葉を返すシュルツ。


「ぐふふ。罪が認められたのち、ソフィア様の入る牢は私がご用意いたしましょう。魅力的な衣装やおもちゃをたくさんご用意させていただきますよぉ。今から想像しただけでも楽しみで仕方がない!ぐふふ」


 …私を見ながらそう言葉を吐く公爵の姿に、文字通り虫唾が走る。…そして公爵の後ろからもう一人、同じく私たちの最大の障壁となる人物がその姿を現した。


「グロス様、さっさとはじめましょう。こんな反逆者なんかと一緒にいたら、シュルツ様たちもかわいそうですわ」

 

「…」


 私を挑発するように、そう言葉を投げるエリーゼ。その卑しい表情は、あの皇帝府会議の時から何も変わっていなかった。


「それではみなさん、こちらへどうぞ」


 二人に言葉は返さず、調査団の方々へ案内を始めるシュルツ。普通なら自分たちを無視するなと怒り出しそうなものだが、すでに勝ち誇った気でいる二人はそんなこと全く気にしていない様子だ。

 シュルツを先頭に、私たちと十数人の調査団員が屋敷内の会議室を目指して進む。私たちの間に会話はなく、通り慣れた通路をただただ無言で進んでいく。そのとてつもない雰囲気に押しつぶされそうになるものの、私は隣を歩くシュルツの手を握って、なんとか心を落ち着かせる。


「どうぞ、おかけください」


 シュルツのその言葉を合図に、調査団の人たちが机に向かって椅子に腰かける。全員分の資料がきちんと用意されているところを見ると、間一髪で準備自体は間に合ったようだ。本当にジルクさんたちはすごいな…

 重い沈黙が会議室全体を包む中、全員が席に着いたのを確認したフォルテさんが口を開いた。


「それではこれより、本件に関する調査を」「フォルテ君、ここからは私がやろう」


 …グロス上級公爵がフォルテさんの言葉を遮り、勝手に仕切り始める。…調査会議は担当リーダーが仕切るのがルールだと聞いていたんだけど、なんて勝手な事を…


「さて皆さん、本件に関するソフィア様の罪は明白であります。こちらの資料をご覧ください」


 彼のその言葉を合図に、彼の取り巻きの一人がカバンから資料を取り出して全員に配布する。…目の前に配られたその資料を見て、私は驚愕する。…これは、うちの財政資料…!?


「さて、これはあなた方の財政資料にお間違えはありませんなぁ?ここにはいくつもの、不自然な金の流れがありますが?」


「まぁ、なんてことでしょう!これは大変ですわぁ!」


 上級公爵の言葉の前に、わざとらしく驚くエリーゼ。


「…!?」


 私は出されたその資料に、震えが止まらなくなってしまう。ただただ資料を提示されたからじゃない。…この資料を上級公爵やエリーゼが持っているということは、シュルツに近しい人物の誰かが、この資料を二人に流したということなんじゃ…それはつまり私たちの味方の中に、裏で二人とつながる裏切者がいるということに…


「…この資料、いったいどこから?」


 当然シュルツも同じことを考えたのだろう。資料の出所を公爵に問いただす。


「資料の提供者との契約のため、名を上げることはできません。ただしこの資料は、事前に法院から証拠能力ありとの認証を頂いております。…しかしそうですねぇ。提供者は皇帝府の関係者、とだけ申し上げておきましょうか」


 上級公爵の発したその言葉に、私たちは皆絶句してしまう。少なくとも法院が認定したという事は、この資料は決して上級公爵たちのでっち上げたものではなく、明らかにここから流出されたものだという事になる…皇帝府のほうはアノッサさんが何とかしてくれているはずだけど、それでも上手くいかなかったんだろうか…?


「…ど、どうしようシュルツ…」


 ほかの人に聞こえない程度の声で、私はシュルツに言葉を投げる。しかし私の言葉は聞こえただろうに、彼は私に答えず資料にくぎ付けの様子だ。

 そんな私たちの様子が面白くて仕方がないのか、上級公爵は薄汚ない笑みを浮かべながら口を開く。


「さあさあ、時間はたっぷりあります。きっちりすべて説明していただきましょうかねぇ!」

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