第24話

 私がいつものように屋敷の掃除をしていた時、突然シュルツの部屋に呼び出された。今までなにか話があるときには、決まって向こうから私の部屋まで足を運んできてくれていたから、一体何事だろうと考えを巡らせる。特に怒られるようなことは、なにもしていないと思うのだけれど…

 シュルツの部屋の前まで到着し、ノックをはさんで部屋の中へ足を踏み入れる。


「わざわざすまないね、ソフィア。実は君に渡したいものがあるんだ」


「?」


 彼はそう告げると、どこに隠していたのか大きな箱を私の前まで持ってくる。不思議そうに箱を眺める私に、彼は続けて言葉を発する。


「開けてみて!」


 言われるがままに、私は箱の梱包を解いていく。


「これって…」


「そう!新しいお洋服に、新しいドレス!」


 箱の中には、華やかなお洋服とドレスが入っていた。しかし私は性格のせいか、感謝の言葉よりも驚きの言葉が先に出てしまう。


「で、でもどうして…?」


「そ、それは…」


 どこか恥ずかしそうに、言葉に詰まるシュルツ。私はただ、彼の言葉の続きを待った。


「今日で君がここに来てから、ちょうど一か月なんだ。だから、その記念にというか…その、日々の感謝を込めてというか…」


 後半になるほど、声が小さく弱弱しくなっていく彼。顔を赤くするその姿に尋常ではない愛おしさを感じながらも、彼の言葉にハッとさせられる。…忙しい毎日に明け暮れて、そんな事かけらも覚えてもいなかった。


「…」


「…ソフィア?」


 だんだんと胸が熱くなり、気づいた時には少し涙がこぼれそうになっていた。これまで記念日やプレゼントなどとは無縁な人生を送ってきた。そしてそれは、これからも続くものだとばかり思い込んでいた。だから、彼がくれた言葉と気持ちが、たまらないほどうれしかった。


「…私なんかが、良いのでしょうか…こんな幸せを受け取ってしまって…」


 私の言葉を聞いたシュルツは、ゆっくり私の手を取り、優しく言葉をかけてくれる。


「言っただろう?必ず君を幸せにしてみせるって。もう、離してあげないから♪」


 私が上げた顔に、優しく口づけをする彼。脳がとろけてしまいそうなその感覚に、私は身をゆだねた。


――――


「はい、できましたよ!」


 手伝いに来てくれていた使用人の女性が、仕立て終了の言葉をかけてくれる。私は両目を開け、鏡に映る自分の姿に目をやった。


「これが、私…?」


 …自分でも驚くほどの、別人がそこにはいた。簡単にではあるもののメイクもしてもらっているとはいえ、これまでそういった事を一切経験してこなかった私には、信じられない光景だった。


「これは、皇太子さまも惚れ直しちゃうこと間違いなしですね♪まったくラブラブでうらやましい♪」


「か、からかわないでってばっ!」


「はいはい、ごちそうさまです♪」


 この姿をアースに見せた時の反応は…

 …ご想像にお任せですっ!!!


――――


「す、すごい顔ぶれ…!」


 今日はシュルツが主催した特別食事会の日。私はさっそく彼からプレゼントされたドレスを身にまとい、参加することにした。この食事会はシュルツが認める一部の関係者のみ招かれた、小規模な食事会ではあるものの、集まった顔ぶれはすさまじいものだった。皇帝府の関係者から、貴族の関係者、さらには名の知れた芸術家の方まで。ついこの間まで、いじめられながら屋敷でひきこもりをしていた私には、息が詰まってしまいそうなほどに、まぶしすぎる光景がそこには広がっていた。

 そんな中でどこからか、シュルツ達が話をする声が聞こえてくる。


「こ、これはすごい…」


「ああ…まさかこの帝国にこんな食事を作れる人がいただなんて…」


「そうだろうそうだろう♪ソフィアはすごいんだぞ!」


 私は足早に彼のもとに駆け寄り、言葉を発した。


「は、はずかしいからやめてよシュルツっ!私なんて全然なんだからっ…!」


 私は恥ずかしさのままに、彼の肩を軽く叩く。彼と一緒にいた二人はそんな私を見て、一瞬驚いた表情をした後、大きな笑い声をあげた。


「ハハハ!これは確かに、皇帝の妃様として申し分ないですなぁ」


「ええ、全くです。皇太子さまを叩ける女性など、帝国中を探したって見つからないでしょうなぁ」


 二人は満面の笑みを、私に向ける。それを見て、私は一段と恥ずかしさが込み上げてくるのを感じた。


「も、もぅ…からかわないでください…」


 顔が真っ赤になっているのが、自分でも分かる。


「いやいや、これは申し訳ない。あまりにも可愛らしかったものですから」


「私もです、クスクスッ」


 ただでさえこういった場には慣れていないのに、ますます体が小さくなっていく感覚…そんな時、不意に後ろから誰かに話しかけられた。


「あなたがソフィア様ですね、はじめまして。私はアノッサと申します」


「は、はじめまして…」


 ジルクさんと同じくらいの背の高さはあろうかという男性が、そう私に言葉を発した。妙に緊張感を感じるその雰囲気に押され、私はどこかかぎこちない挨拶を返してしまう。そんな私の横から、シュルツが挨拶に加わった。


「アノッサさん、お久しぶりですね」


「これはこれは皇太子さま。その節は大変お世話になりました」


 …二人とも笑顔で会話をしているけれど、私でも感じられるほどの殺気を互いに発している。…この二人の間には、過去に何かあったんだろうか…?


「…実は私、この後は別の仕事がございまして。恐れながら本日は、挨拶だけとさせていただきます。何卒お許しを」


「気にすることはありません。あなたのお仕事は、私もよく存じておりますから」


 その言葉を最後に、アノッサさんは簡単な別れの挨拶を告げてこの場を去っていった。緊張が少しほぐれた私はシュルツに向け、言葉を投げる。


「ねぇシュルツ、あの人は?」


 私の投げた疑問に対し、少し言葉を選びながら答える彼。


「ああ、彼はアノッサさん。帝国を支える皇帝府の人たちを指揮する、皇帝府長なんだ。優秀な人だよ」


 …決してそれだけではない何かを感じたけれど、ここで聞くのは無粋な気がして、一旦私は飲みこむことにした。


「さぁ、それじゃあ食事会に戻ろう♪」


 表情を一層明るくし、私の手を引き足を進めるシュルツだった。

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