第10話 9.2021年 4月

【第三次緊急事態宣言】


 四月になり、僕は一度も大学の門を潜らないまま二年生となった。自宅に籠ってから早一年が過ぎたが、そんな生活に僕は何ら不自由を感じなかった。


 巷では、殺人ウィルスに対するワクチン摂取が始まったらしいのだが、僕にはどうにも解せないことがあった。


 新薬とはそんなに簡単に作れるものなのかという事だ。


 しかし、薬学の知識が無い僕では、その是非を問う事自体が意味のない事である。そんな僕にでき得ることは、「頼みの綱」と、国と国民が信じて止まない新たなワクチンの効力の是非を、数多の情報の中から、的確に拾い上げることくらいだった。


 ワクチンは、量産可能な体制を整えているとはいえ、直ぐに全国民に行き渡るということはないようで、初めは、抵抗力の低い高齢者や、常にウィルスと対峙している医療従事者から摂取が開始された。


 すると、「ワクチン摂取の副反応」という言葉を、しばしばネットで見かけるようになった。どうやら、急ぎ作られたワクチンは、人体に与える影響が大きいようで、摂取後体調が悪くなることは、必至のようだった。中には、ワクチンが体質的に合わなかったのか、命を落とす人もいた。


 しかし、ワクチンを摂取した者には、証明書を発行して、証明書保持者はウィルスが蔓延する以前の生活に戻れると、政府が発表したばかりに、国民は皆、その免罪符を求めて、自ら、苦役を選んでいた。


 オンラインでほとんどの事が出来ている今、そのような人体に影響を及ぼすワクチンを摂取してまで、僕は外に出たくなかった。


 そんな僕が、ワクチンの情報を集める理由は、そう、彼女である。今のところ、僕が、この部屋から出なければならない理由は、彼女以外にはなかった。


 オンラインで繋がるたびに、会いたいと懇願されるのだ。再三の誘いに、僕の心は、限界を迎えつつあった。


 僕も直接彼女に会いたい。一緒に講義を聞いたり、街へ出かけて、美味しいものを食べたり、海や遊園地なんて、王道デートではしゃいだりしたい。手を繋いだり、キスをしたり、それから……


 そんな邪な想いに囚われつつ、僕は、日々ワクチンに関する情報を集めていたのだが、なかなか良い情報を目にしないのが現状である。


 そのようなモノを、例え、自身の順番がきたからと言って、今の僕には、すんなりと受け入れる覚悟がなく、ワクチンを摂取せずとも、ウィルス鎮静化が進む事を、自室から祈るばかりだった。

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