第7話

 セイラの心を深く傷つけることができた…と思い込んでいるレリアは、それはそれは誰の目にもルンルンうきうきといった様子で伯爵家の屋敷に戻ってきたのだった。




「(くすくすくす…目の前で婚約誓書を破り捨ててやった時のセイラのあの表情。絶望のあまり顔をぽかんとさせて、声も出ないくらいにショックだったのかしら?ざまぁないわね本当に♪)」


 いつになく私は胸を高ぶらせていた。少し家出したくらいで、自分の思い通りになるだなんて浅い事を考えるからこんな目に合う事になるのよ。これくらいの罰を受けて当然だものね。


「(さて、次はどんな方法で遊んであげようかしら。伯爵は最終的にセイラとの婚約を計画しているから、これから先も私がセイラで遊び続けられるという未来は確定しているわけで。だってセイラは本心では伯爵とのよりを戻したいと考えていることは、今回の一件ではっきり分かったんだし)」


 そしてそんな伯爵が心の中で本当に夢中なのは、他でもないこの私。私とセイラの間での力関係は子どもが見たってわかることでしょう。セイラが私に逆らう事なんて絶対にできないのだから。

 まだまだもっとこれから先の妄想をしたい欲はあるのだけれど、一旦心を整理して頭を冷静にする。これからある人物を迎え入れるためだ。伯爵だけでなくその人とも私はいい関係を築いておきたいので、嫌われないようしっかり猫をかぶっておかないと♪


――――


「ようこそお越しくださいました、オクト騎士団長様、ガラル副団長様」


「突然の押しかけになってしまってすまないな」


「お久しぶりです、レリア様。相変わらずお元気そうで!」


 この二人は、王族の人々を死守することを任務とする騎士団、その団長と副団長を務められるという、それはそれは誰からも尊敬され好かれる存在にある。

 オクト団長は長身で年もかなり私より上。喋り方も騎士に相応しいような強気な口調で話される。一方のガラル副団長はやや団長よりも小柄で、口調もどこか団長より丁寧で子供っぽいのが特徴だった。

 私は二人を部屋の中へと招き入れ、さっそく会話に移る。


「それで、今日はどうされたのですか?なにか事件でもあったのですか?」


「いや、そういうわけではない。訓練がたまたまこの近くで行われていたから、挨拶にと立ち寄ったんだ」


「伯爵家と騎士団はそれはそれは強い絆で結ばれていますからね!レリア様のお顔も見に伺いたかったところですし」


「まぁ、それは光栄ですわ!私もこうしてお二人とお会いできて、大変うれしい思いでいっぱいですわ!」


 オクト様は私の準備したティーカップを上品に口に運び、一息つかれる。


「ふぅ…。うれしいといえば、伯爵様のご婚約はもう成立したのか?」


「はい、どうぞご安心ください。伯爵様の婚約のお相手、セイラ様もすっかり伯爵様の事を愛され、その関係を深めておられます」


「おお!そうでしたか!最近あまり婚約の話がでてきていなかったもので、僕たちも気になっていましたから…それなら安心と言うものですね、団長!」


「ああ…。もしも何らかの理由で二人の婚約がなかったことになどなれば、騎士団は伯爵家と対立することになるかもしれない、からな…」


「た、対立…?」


 オクト様が発した穏やかではないその言葉に、私の頭は一瞬だけフリーズする。


「いや、こちらの話だ。忘れてくれ」


「いやあ、それにしても楽しみですね~!お二人の華々しい姿が見られる婚約式典…!早くその日になってほしいものです!」


「…」


 二人の言葉になにか違和感こそ感じるけれど、まぁ問題ないと私は自分に言い聞かせる。だってセイラが伯爵との婚約を心の中では望んでいるのは間違いのないことなのだし、伯爵の方にもセイラを迎え入れる意思はある。婚約そのものはそのうち成立するのだろうから。


「しかし、私は伯爵様と結ばれるのは君だと思っていたよ。彼とは幼馴染で、親しい関係にあるのだろう?今だってこうして彼の屋敷に身を置いているわけだし」


「ですね、正直僕も同じことを思っていました!」


「あらまぁ、そんなもったいない言葉を。私などでは伯爵様に相応しくありませんわ。もちろん、伯爵様の事は尊敬していますし、大好きではありますけれどね!」


 伯爵は私に心酔しているから、きっと私が望めば彼の婚約者になることなんて造作もない事だろう。けれど、私は伯爵程度の階級の男に興味はない。私が本命とする婚約相手は、私に相応しいほどの権力と力を持つ者でないと♪


「そうか?まぁ君がそれでいいというのならいいが…」


 私の答えを聞いて、ほんの少しだけ残念そうな表情を浮かべるオクト様。


「(オクト様、どうして私と伯爵が結ばれないことを残念そうに……。何を考えているのかしら……!も!!もしかして、オクト様も私の事が好きで、私の幸せを気にしてくださっているんじゃ…!!)」


 その考えが頭の中に湧き出て、私は胸の高鳴りが止められなくなる。騎士団長様が私の事を気に入ってくださっているのなら、彼との関係は私の望むところでもあるもの…!!もしかしたらセイラの一件が決着したら、私にプロポーズしてくれるんじゃ!!

 今日こうして突然に会いに来てくださったことも、本当は私の事が目当てだったんじゃ!!


 その期待感が大きくなるのを感じながら、私はあえて自分を冷静に落ち着かせる。だからこそセイラには、きちんと伯爵の相手をしてもらわないと困るというもの。私は伯爵と結ばれるなんて嫌なのだから。


「団長、それそろ訓練に戻らないと…」


「おっと、ずいぶんとはやいな…」


 合間のタイミングで挨拶に来たからか、二人にはあまり時間がない様子。私はつとめて丁寧に二人を送り出した。


 …団長の発したあの言葉に、一抹の不安感と期待感を覚えながら…!

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