第24話『ルイヴィスは思い出し、想う』

「やあルイヴィス」

「わっ! アルクスじゃない」


 パイス村に到着したアルクスは、まずはルイヴィスを探しに歩き回ろうとしていたが、簡易門を括り抜けた先にちょうどよく陽の光に照らされた銀色の髪が第一に視界へ飛び込んできた。


「ルイヴィスを探してたんだけど、すぐに見つけられた」

「さすがにビックリしちゃったけど……私に何か用事でもあったの?」

「えっと、急用で同い年ぐらいの女の子に服を買ってあげたくて」

「え……」


 ルイヴィスは口をぽっかりと開けて硬直してしまう。


「どうかしたの?」

「い、いや……その女の子っていうのは同い年なんだ」

「そうだね、身長はちょうどルイヴィスと同じぐらいだし、体型もほとんど同じぐらいだと思う」

「へ、へぇ……」


 ――な、なんて事!? 私がお城でいろいろとしている時に、アルクスに好きな人ができたっていうの!? え?!


 ルイヴィスは、内心で焦りに焦りまくる。動揺を隠せず、足がガクガクと小刻みに震えてしまうぐらいには。


「その子って、可愛いの? 美人なの?」

「ん~、どっちもじゃないかな? 僕はいまいちわからないんだけど。たぶん、凄い美人さんなんだと思う」


 ――ん? どうしてそんなに他人事なんだろう。もしかして、好きな人ってわけじゃないのかな。


 アルクスは美的感覚が乏しいわけではないが、残念ながらどんな相手だろうと普通に接してしまう。

 マーリエットは絶世の美女とまではいかずとも、すれ違えば道行く人が振り返るぐらいには整った容姿をしている。それに、黄金の髪を見て素通りできる人間の方が少ない。


 当然、目の前に居るルイヴィスもその妹なのだから美少女である。

 村の人が親切かつ分け隔てなく接しているのは、この村特有の温厚な性格によるものだったり。


「アルクスってその子を助けたいって思ってるのね?」

「うん。その人は、随分と辛い思いをしてきた……んだと思う。それで、心と体が休まるまで家で一緒に住んでいるんだ」

「なるほどね……いろいろとわかった。その相談、私がしっかりと叶えてみせましょう」

「ありがとうルイヴィス!」


 アルクスはルイヴィスの手を嬉々として握る。

 その姿を観てしまえば、アルクスの性格は容易に見て取れてしまう。


 ――ああ。この人っていうのは、いつでもどこでも困っている人を助けようって思ってしまう人なんだ。呆れちゃう。


 薄っすらと残る、夢の記憶が蘇ってくる。


 ――でも、だから。そんなお兄ちゃんだったからこそ、私も助けてくれたお兄ちゃんだったからこそ、その背中に憧れて――一人の男性として好きになったんだよね。


 キラキラと光る眼を見て、ルイヴィスの表情も自然と明るくなっていく。


「さあさあ、行きましょっ」


 アルクスとルイヴィスは歩き出す。


「一緒に住んでいるっていうぐらいだから、その人は怪我をしていたりしたの?」

「そうなんだ。その人に出遭えたのは本当に運が良かった。僕があの場に居合わせなかったら、もっと酷い事をされていたかもしれない」

「え、そんなに大変な事だったの?」

「そうなんだ。どうやらその人は誘拐されていたみたいで、男二人が荷馬車の後ろに牢を乗せて、そこに閉じ込めて運ばれていたんだ」

「な、何よそれ。立派な犯罪じゃない!?」


 ついルイヴィスは、自分の立場上感情的になってしまった。

 だが、内容が内容だったため、アルクスもそこまで気にしていない。


「本当に酷かったよ。助け出した時、その人は喉が掠れて声が出せないぐらい弱っていたんだ」

「そう……それは大変だったね。っていうか、アルクスって戦えるんだ。その時に怪我はしなかったの?」

「うん。僕は辛うじて戦えるぐらいだけどね。本当に、謙遜とかじゃなくて全然強くないよ」

「そうなのね? 私も戦えるわけじゃないから、誰に何を言える立場じゃないからね。現にほら、武器すら持ってないでしょ?」

「そういえばそうだね。ここら辺に住んでないと思うんだけど、移動の際中とか大丈夫なの? ナイフの一本ぐらい持ってた方が良いと思うけど」

「それはそうなんだけどね。私、武器とか悲しいぐらいに使えないの。そして体力もそこまでないから、武器になるような物を持っていない方が身軽で動きやすいって感じ」

「なるほどね、それは確かにその通りだ。ルイヴィスもちゃんと考えてるんだね」

「まあね」


 アルクスが相手だから、ルイヴィスは話の流れでつい話をしてはいけない内容を漏らしてしまいそうになる。


 武器を持っていない理由は配下が居るからであり、体力がないのは自分だ帝国の第二皇女で公務などを行っているからだ。

 そして、もう一つの理由がある。


「アルクスって【スキル】は知ってる?」

「うん。いろいろとあるみたいだし、僕にもあるみたい」

「え! 本当に?」

「長い間、一緒に暮らしている師匠みたいな人がいるんだけど、その人が『お前、もしかして【スキル】持ちなのか?』って質問してきたんだよね」

「ほえー……え? 他にも一緒に暮らしている人が居るの? も、もしかしてその人も女の人だったり?」


 ――ま、まさかね。普通に考えて、そんなに女の人が一緒に居るわけないもんね。


「そうだよ」

「わあーっお」


 あまりにも早いフラグ回収すぎて、ルイヴィスは言葉にならない声を出す。


「参考までに聞かせてほしいんだけど、歳が近いって事はないよね~」

「その人は20歳だね」

「いや近っっっっか」

「さっきからどうしたの? 年齢が近いからって、そこまで気にする事はないんじゃない?」

「それはそうだけど……」


 衝撃的な内容が続き、ルイヴィスは服店への道が途方もなく遠く感じてしまっている。


 ――早く服店に辿り着きたい。別の話題に入りたい。ああ、あああ! ああ!


 しかし、ルイヴィスは話の流れで妙な点に気が付いた。


「あれ、アルクスは両親と一緒に暮らしていないの? 遠出して働いているとか?」

「……両親は、僕が幼い時に亡くなっちゃったんだ」

「え……」

「不慮の事故とか不治の病とかじゃなく、目の前で知らない人達に殺されて」

「……」


 別の方向で衝撃的な内容を耳にし、ルイヴィスは言葉を失ってしまう。

 何不自由なく帝国の第二皇女として何不自由なく暮らしていた、自分とはあまりにも真逆すぎる人生を歩んでいる事に酷く心を痛める。


 ――どうしてそんな事になってしまったの……そんな、あまりにも酷すぎる。


「それで、助けに来てくれた人がその人なんだ。正しくは、その人が率いる部隊が助けに来てくれたって話なんだけど」

「辛かったでしょう……」


 ルイヴィスは、なんて言葉をかけたら良いかわからずにいる。


「そうだね。僕はその人と暮らし始めても、ずっと部屋の中に閉じこもって毎日泣いていた。だけど、その人が僕の心の中にある強い想いを思い出させてくれたんだ」

「……その続き、なんとなくわかっちゃうな」

「そう? 僕は、誰かを護れるようになりたい。だから強くなりたい。誰かを護らなくちゃいけない時、絶対に動けるようにって」

「ふふっ、正解」

「え、わかりやすかった?」

「いいや? 普通の人だったらわからないんじゃないかな? だって私、元々はお兄ちゃんの妹だった・・・んだよ?」

「ああ、たしかに。納得」


 ――そんな辛い事があったのに、やっぱりこの人はこの人なんだ。暗い過去に足を引っ張られず、自分の信念を貫き通す。やっぱり変わってない。やっぱりかっこいい。


 ならば、とルイヴィスの自身の話をしようと思ったが……。


「お、着いた」

「えーあー、はい」

「よし、ルイヴィス先生。ご指導よろしくお願い致します」

「お、お任せあれっ」

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