第三章

第16話『フードを被る男』

 とある宿屋の一室にて、薄汚れた服を着た二人の男と、ロングコートのフードを深く被った男が密会をしていた。


「大変申し訳ございません。王女を取り逃がしてしまいました」

「まさか、あんな手練れが邪魔をしてくるなんて予想もつきませんでした……」

「……」


 フードの男からの返事はない。

 

 二人は床に跪き、汗を垂らしながら頭を下げている。

 自分達が犯した失態に命の危機を感じ、だくだくの手汗を強く握り締めた。


「……それで、何か村で騒ぎが起きているという事にはなっているのか」

「は、はい! 今のところ、村の中や周辺でもそのような事は起きていません。す、少しだけ話題には上がったようですが……」

「一応、俺達が死んだと騒ぎになっていたようですが、こうして命があるため、勝手に鎮静化したみたいです」


 フードの男は手で顎を触りながら思考する。


 二人は体の震えを必死に抑えつつ、重罰が科せられるのではないかと吐き気を催してしまう。

 今か今か、と続きが気になりすぎて男の顔色を窺いたい。が、目線は上げられない。

 足元――靴を見るので精一杯。


「……そうだな」

「ひっ、ひっいぃ! お、お命まではご勘弁ください!」

「いや、お前達は良くやってくれた。良い仕事ぶりだぞ」

「――……へ、へぇ? ほ、本当ですか!?」


 二人は、まさかの解答に緊張感が一気に吹き飛んだ。

 そのおかげで顔が緩み、首の重りが解放された気がして目線を上げてしまう。

 

「「ひっ」」


 だが、そこにあった笑顔は慈しみとは程遠く、無邪気さなど欠片もありはしない。

 あるのは狂気。ただそれだけ。


「一度は警戒されてしまったが、逆に無関心を勝ち取った。これは非常に大きい功績と言える。なんせ、人間は一度警戒を解いた人間を再び疑う事は稀だからな」

「はい……?」

「だがしかし、その襲われた男には顔を見られたんだな?」

「は、はい! 申し訳ございません!」

「……逆を言えば、その男だけに注意すればいいという事でもある」

「は、ははぁ……」


 再びフードの男は思考を巡らせる。


 そのタイミングで今にも死の宣告を通達されそうなこの状況に、二人は目を合わせる。

 彼らの目は訴えていた。

 生きた心地がしない、と。


「ならば、まだまだやれる事はあるぞ。お前達は村に潜伏し、その男を警戒しつつ住人と仲を深めるんだ。そして、今度は信頼を勝ち取れ」

「はっ、はい!」

「で、でも、俺達はそんなに金を持ってませんぜ」

「ふんっ、これで良いか」


 フードの男は懐から金銭の入った袋をドスッと床に落とした。

 中身を除かなくてもわかるほどの大金。それほどあれば、働かずともある程度は生活できる。


 目の前に出された金に二人の目は釘付けになるも、フードの男が足を組み替えたせいで現実に戻された。


「一応確認しておくが、どうしてお前達がこの重要な任務に採用されたかわかるか?」

「えっ……?」

「戦えるから、ですか?」

「いいや違うな。忘れるな、お前達のような下種なやつらはいつでも切り捨てられる。だからだ。ああ、斬り捨てられるとでも言えるかもな」


 その言葉に二人は息が止まった。

 言葉だけではない、無数の圧力が全身を支配する。

 これだけの金銭をポンと出せる財力。王女を誘拐するという恐れ知らずの所業。それら全てが上からのしかかり、心臓までもが握られているという事実。


 もはや二人に逃げ場などはない。

 事の最初から最後まで従うしかなく、関わってしまったのが最期。と、いうわけだ。


 今すぐにでも気が動転し、発狂し、野垂れ回ってしまいたいぐらいに精神が圧迫される恐怖。


「では、今後については追って説明する。それに、戦力は想定以上に必要そうだしな」

「あの少年、絶対に誰かから訓練を受けてると思います」

「ほほう」

「実際に戦った事はないですけど、そん所そこら辺に居る衛兵なんかよりよっとぽ強いです」


 男達は、必死に最後の記憶を呼び起こす。


「だが、その少年の顔は記憶にない。と」

「申し訳ございません……」

「まあいい。確認だが、ここに数人ほど加えたとして、その少年一人を打ち負かす事は可能か?」

「「……」


 二人は微かに残っている記憶を必死に呼び起こす……も、残念ながら気が付いた時には地に伏せていたから、正確な情報はない。


「正直、俺らと同じぐらいの戦力を追加したとしても厳しい可能性があります」

「俺達がやられた時、本当に一瞬だったんです」

「あまりにも未知数というわけか」

「申し訳ございません」

「戦力を強化するのは大前提として。その少年を打ち負かしたとして、背後に居る人間が出てきたらたまらないな」


 情報不足だからこそ、ほんの少しだけでも可能性があるものを潰そうとするフード男。


「もしかしたら、他にも協力者がいるかもしれないな」

「それが本当だったとしたら、一体どれぐらいの戦力が必要になるのですか……?」

「わからん。下手したら、国家騎士でも連れてこないと勝てないかもしれない」

「こ、国家騎士!?」

「万全を期すのであれば、それぐらいが必要だろう。しかしなぁ……」


 国家騎士は、基本的に全員が王女や王子の護衛になっている。

 そんな人間を動かせば、外部の人間が嗅ぎつけてくるかもしれない。


「まあいい。戦力に関してはこちらでなんとかする。お前達は、お前達にしかできない事をやれ。わかったら、さっさと去れ」

「は、はいっ!」

「失礼しました!」


 勢いで立ち上がったものの、フードの男を直視する事はできず部屋から足早に退室する。

 廊下に出た二人は、やっとリラックス状態で呼吸をする事ができた。


「お、俺達って……もしかしたら、大変な山に当たっちまったんじゃないか……?」


 部屋から遠ざかり、緊張から解放された男はそう呟く。


「だがあの感じ、逃げたら間違いなく殺されるぞ」

「だよな……」

「どうせ俺達みたいな人間は、ろくな死に方をしねえんだ。成功すれば大金を貰える、それだけだろ」

「ああ、そうだな」


 男二人、肩を寄せ合って月明かりが照らす夜道へと足を進めた。

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