第32話 第一ラウンドはブーイングに包まれる


「……いったい何がおかしい!!! この変態パンティ野郎!!!」


 しかし、俺の感謝の笑みは、二宮の気持ちを逆撫でしてしまったようだ。ヒステリックに叫ぶと、怒りまかせに俺の顔面に膝蹴りを喰らわせる。


「ぅにゅっ!?」


『おおっと、膝、膝、膝ですわぁ!!!!』


 呼吸困難の中なんとか声を上げたが、マイクを使った実況の声と歓声に簡単にかき消される。クソ、声をデカくする魔法とか覚えとくんだったな。


 しかも、鼻を潰されようものなら、さらに呼吸が難しくなり声も上げにくくなる。

 俺は他の防御を捨てて、顔面に気合いを集中した。おかげで鼻血すら出ていないが、痛いものは痛い。


 手をバタバタさせるが、その間にも二宮は膝蹴りしてくるので、ただの反射としか思われていないのか、観客席からは悲鳴が上がる始末。


 こうなったら、顔を魔法で変形させて、面白顔で笑わせるしか……馬鹿、今俺はパンティ被ってるんだから変顔したところで意味がない! ひとまず、あの魔法は魔力効率が異常に悪く、ちょっとの変形で2000mpなんてすぐに使い果たしてしまう!


 仕方ない。まずはこの膝蹴りを受けながら、横隔膜が正常に戻るのを待つ……よし、回復した。こればかりは、丈夫な身体に産み育ててくれた両親に感謝だな。


 俺はすかさず二宮の手を払いのけ、壁と膝から抜け出すと、皆が見えやすいところで渾身のリアクションをしようとした。


「逃すか!」


 しかし、すぐさま二宮は距離をつめ、再び俺の鳩尾に燃える拳を突き刺す……爆発。


「ぐぅっ!?」


 クソ、顔に耐久力を集中していたから、これまた横隔膜を揺らされた!

 しかし、先ほどと同じ鉄は踏まない! 声が上げられないのなら動きで笑わせる!!


 俺は今度は単純に吹っ飛ぶのではなく、身体をくの字に曲げると、そのまま尻で地面に着地。足を折りたたむと、勢いから勝手にぐるぐる連続で後転し始める。


 このまま何度も転がって、勢いを殺し、最後は大股をおっ広げてアオテンしてやる!! その間抜けな姿を見たら、失笑の一つや二つ、起こってくれるはずだ!!


 と、回る視界の中で、自分の脚を轟々燃やして飛んでいる二宮が映った。なるほど、火竜のグローブはブラフで、自分の魔法で傷つかない程度の魔力操作は習得していたか。


 二宮の背中の翼がはためく、瞬間、二宮が加速する。


「死ね!!!」


「ごほっ!?!?」


 落下による加速を利用した燃え盛るライダーキックが、再び鳩尾に突き刺さる。


「死ね、死ね、死ね!!!」


 息を吐く間もなく、俺の腹の上で地団駄を踏むように、何度も何度も踏みつけられる。

 やはり手足バタバタでは全然ウケないし、それどころか俺の動きによって上がった土埃が二宮の炎によってさらに巻き上がり、視界が不明瞭になる。つまり、観客からも俺のリアクションは全然見えてないだろう。


 クソ、こいつ……どうやら本気で、俺に笑いを取らせないつもりらしい!

 俺は、今度は隙を見て横に転がって、踏みつけ攻撃から抜け出す。


 そして、ウィンドミルを使って砂埃を蹴散らすと、そのままの勢いで立ち上がり、追撃に備えた。


 受けの姿勢が整っているからか、二宮はじりじりと距離を詰めてくる。


 そして、わざと開けた脇腹に、炎に燃えた中段蹴りを放ってきた。


 ここだ!!

 

 俺は神速のスピードで二宮に背中を見せて、全く耐久力を集めていない尻を突き出した。


 ここでケツに蹴りを受け、こいつが追いつけないレベルで走り回る。これならリアクションを邪魔されることなく、観客たちも見やすいはずだ!!


 バッコオオオオオオオオォォォォォンッ!!!!!


 強烈な爆発音。ケツが吹き飛ぶほどの衝撃に、目の前がチカチカと光り、俺は思わず笑ってしまった。


 火竜の尻尾攻撃よりも数段効く!! しかもケツに火がついたなら、これほど最高のリアクション機会はない!!!


 呼吸困難は続行してるが、そんなのどうだっていい!! 走り回るぞ!!!


 俺は思いっきりぐるぐる走り出し、リングを三周したところで、笑い声どころか歓声ひとつ起こっていないことに気が付く。


『舞う砂埃のせいでリングが確認できませんわぁ! 一体全体どうなってるんですわぁぁぁぁ!?!?!?』

 

(……は?)


 いや、砂埃つったって、そんな派手に巻き上げた覚えはないぞ、と周囲を見渡して、驚いた。


 まるで観客からリングを覆い隠すように、砂嵐が巻き起こっているのだ。


 ……こいつ、ブリーフンの風の堅牢みたいに風を起こして、砂嵐を巻き起こしてやがったのか!!


 横隔膜が回復。リアクションの前に、怒りの言葉が口をついた。


「お前、お客さんのこと考えろよ!!」


「はっ、その言葉、そっくりそのままキミに返すよ!」


 二宮はそういうと、両拳の炎を俺目掛けて放つ。ファイアボール。これまたいい感じに効きそうだな……はっ、いい感じにリアクションできそうで嬉しいよ!!

 

 わざわざ風属性魔法を使わなくても、土属性魔法で砂をコントロールされていたら面倒だった。しかし、そうでないなら、こちらが簡単に舞う砂の主導権を握ることができる!!


 俺は砂よりも細かく粒子状にした魔力でリング内を満たすと、土属性魔法を展開。瞬時に飛び交う砂たちが俺のコントロール化に置かれ、瞬時に風を無視して下に降り注いだ。


 最高のタイミングで、ファイアボールが直撃!


 うお、熱い、熱い、熱い!! これならいいリアクションが……。


「………!?!?!?」


 動け、ない!?!?!?!?


 唯一少し動く目ん玉で二宮を見ると、二宮の赤い瞳がギロリと不気味に光っている。


『おおっと、砂嵐が収まったかと思ったらおパンティンにファイアボールが直撃ですわ! しかし、おパンティンさんは微動だにせず!? PIKAKINGさん、これは一体!?』


『これは……おそらく、拘束魔法を使ったのではないでしょうか?』


『なんと!! 流石エルフ史上最高の天才と名高い二宮アレン!! 若干16歳にして、難易度S魔法を使いこなしますわぁ!!』


 解説のおっしゃる通りだ。糸魔法があるし覚える必要がなかったと言うのもあるけど、俺には使えない魔法。


 しかし、これでは強度があまりに足りないぞ!!


 俺は全身に力を入れ、拘束魔法をぶち破る。よし、これで邪魔されずリアクションができる!


「うぐっ、ああああああああああ!!!!」


 と、俺がリアクションする前に、二宮が目を押さえてしゃがみ込んだ。

 拘束魔法が破られた反動にしては、やけにオーバーリアクションだ。そんな痛そうにしたら観客が引いちゃう……なるほど、それが狙いか。


「きゃあああああああああああ!!!」


 予想通り、歓声を切り裂くほどの甲高い悲鳴が、二宮のファン集団から上がる。おかげでいやでも身につまされる。他のお客さんだってそうだろう。


 ……チャンスと捉えていいのか? この緊張は、良い緊張か悪い緊張かで言ったら、明らかに後者だ。女性の悲鳴ってのは、それだけ周りの人間に心理的負担を与えるものだからな。

  

 いや、だからこそ、俺が攻撃を喰らってリアクションをすれば、二宮の女性ファンたちから嬉しくてたまらないから、見事な【緊張の緩和】が決まるはずだ……探索者としては順調に伸びてるみたいだけど、お笑いの知識は身につけなかったみたいだな!!


「い、いや、これは違って、俺はただ拘束魔法を破っただけなんだよ! 頼むから変な空気にしないでくれ!」


 俺は、二宮のファンの集団に隙だらけで弁解してみせる。しめたとばかりに、二宮が翼をはためかせ、神速で俺の元へと飛んでくる。


 しっかり鳩尾に耐久力を集めて横隔膜を守る。拘束魔法を使われたとして、今度は0.001秒で脱することができる。砂の主導権は未だ握っているし、もう間違いない!! 完璧なリアクションができる!!


 二宮の正拳突きが、俺の鳩尾へと飛んできた。


「あああああああ!……え?」


 痛みが、ない……?


 恐る恐る、二宮の拳に視線をやる。炎の消えた拳は、俺の鳩尾に触れることなく、ぴたりと静止していた。

 

 寸、止め……?


 カーン。


 第一ラウンドの終了を告げるゴングが鳴り響く中、二宮は悪意に顔を歪ませ笑った。


「ひとつ忠告しておく。ボクはもう二度と、お前の演技には騙されない……誘ってるのが、丸見えだったぞ」


「…………っ」


 コーナーに帰っていく二宮の背中を、歯噛みしながら見送る。

 五分限定で展開することによって強度を高めている結界が解けると、観客たちの鋭い視線が、俺の身に突き刺さった。


「……何やってんだ、おパンティン!!!」


 すると、一人の男性客の怒声が会場に鳴り響いた。それが契機になり、ブーイングが巻き起こる。


「魔力のシールドで守ることさえしないってどういうつもりだよ!!」


「真面目にやれぇ!!」


「チケット代返しやがれーーーー!!!」


 実況の「観客の皆様、どうかものを投げないでください!」との言葉も虚しく、いろんなものが俺めがけて飛んでくる。

 その中に中身の入った缶コーヒーがあったので、パンティが汚れないようキャッチすると、「なんでそれはガードすんだよ!!」とさらにブーイングが起こった。


 ……クソ、第一ラウンドは完敗、だな。

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