さくらの怒り

 皆の視線が声を上げた一人に集中する。

「違うって、言ってるのにっ!」

 叫ぶ彼女を見て驚く。

 こんな風に感情をさらけ出して叫ぶ姿を初めて見たから。

「宮野さん……」

 花田くんが戸惑いながら彼女の名前を呼んだ。

「ちょっと、どうし――」

「何やってるの? もうすぐ消灯時間よ⁉ 早く部屋に戻りなさい!」

 美智留ちゃんがどうしたのか聞こうとすると、見回りをしていたらしい先生に叫ばれてしまう。

 どうするべきかと一瞬迷ったけれど、さくらちゃんが目に涙を溜めながら花田くんを睨むと踵を返して歩いて行ってしまった。

「あ、さくら!」

 追いかける美智留ちゃん。

 私も放っておけなくて、すぐに追いかけた。


 さくらちゃんは部屋に戻ってからもしばらく泣いていた。

 花田くんに嫌な事を言われたんだろうって事は去り際の言葉で分かるけれど、何があったのかは分からない。

 美智留ちゃんもその前の会話は聞いていなかったみたいで、分からないと言っていた。

「……ごめんね、突然叫んで戻ってきて」

 しばらくして少し落ち着いたさくらちゃんは、目を赤くして私達に謝ってくる。

「ううん、それだけのことがあったんでしょう?……何があったか、聞いてもいい?」

 美智留ちゃんがそう言っている間に、私はタオルを冷やしてきてさくらちゃんに渡した。

 冷やしておかないと、明日の朝腫れぼったくなってしまうから。

「ありがとう……」

 お礼を言ってタオルを受け取ったさくらちゃんは、目を冷やしながら話してくれる。


「えっと、日高くんが素顔みせてくれたでしょ? それで私、呆気にとられて……そのまま色々考えてたの。灯里ちゃんは知ってるのかなとか、どうして隠してるんだろうとか」

「うん、それは疑問に思うよね」

 ひと息入れたところで美智留ちゃんが相槌を打つ。

「そうしたら、花田くんが見惚れてたのかって……私、違うって何度も言ったのにっ」

「さくら……」

 また込み上げて来たのか、言葉を詰まらせるさくらちゃんの背中を美智留ちゃんがさする。

「なのにっ、終いには……やっぱり宮野さんも顔が良い男が良いんだよなっ、てっ!」

 ヒュッと、二人揃って息を吸った。

 何、それ。

 それ、どう言う意味?


「いくらさくらちゃんが花田くんの事好きだって事知らないからって、その言い方は……」

 思わず呟くと、美智留ちゃんが「あ、いや……」と気不味そうに話す。

「多分、花田はさくらが自分の事好きだって気付いてるわよ?」

「え?」

「……私の態度も、分かりやすかっただろうし」

 察しの良い花田くんが気付かないわけ無い、だそうだ。

 でも、気付いてるって事は……。

「知ってて、そんな事言ったの?」

 さくらちゃんが自分のこと好きだって分かってて、顔が良い男が良いんだな、なんて言ったの?


 確かに日高くんは凄いイケメンだけど、花田くんだってかなりのイケメンだ。

 結構モテてるみたいだし、それを自覚してないなんて事は無いと思う。

 それでそんな事を言うって事は……。

「さくらちゃんが、顔が良いから花田くんを好きで……もっと顔が良い日高くんを見たら、そっちを好きになるんだろって、言ってるみたいなんだけど……」

 声が震えた。


 花田くんは優しいし、さくらちゃんが傷つくの分かりきってるのにそんな事言うとは思えない。

 でもさくらちゃんが嘘つく必要もないし、間違いなく言ったんだろう。

 何か、思う所があったのかもしれない。

 でも、いくらなんでも……これは、ない。

 怒りで、声だけじゃ無くていつの間にか握っていた拳も震えた。

「あんの、馬鹿が」

 美智留ちゃんも、思わずというように低い声で唸る。


「……あたしのために怒ってくれてありがとう……」

 さくらちゃんが落ち着いた声でそう言うと「でもね」と続ける。

「あたし、花田くんが何であんな事言ったのか知ってるから……」

「え?」

「プライベートになるだろうから、話せないけど……でも、知ってるの」

 さくらちゃんは悲しそうに頷いて、一度目を閉じる。

 次に目をあけたときには、意思の強い眼差しがあった。


「でもね……だからこそ私、怒ってるの」

 いつもより低い声で怒りを表明するさくらちゃん。

 そんな姿でもやっぱり可愛い……けど、ちょっと怖い。

「悲しかったし、感情が昂ぶって泣いちゃったけど……私、怒ってるの」

 怒っていると繰り返すさくらちゃんは、本当にマジ怒りしていた。

 こんなに怒るさくらちゃんは初めて見る。


「そ、そうだよね。怒るよね」

 初めてのさくらちゃんの姿に、美智留ちゃんはタジタジな様子で同意する。

 私は言葉が出てこなくて、ただコクコクと頷いていた。

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