三章 中間テストと告白

テスト勉強①

「――り――灯里ってば!」

「っ! え?」

 強く名前を呼びながら揺らされてビクリと体を震わせた。


「美智留ちゃん、もう少し静かに……」

 さくらちゃんの抑えた声で、美智留ちゃんに呼ばれていたことを知った。

 ゴールデンウィーク最終日の今日は女子三人で集まって図書館でテスト勉強をしようと前から約束していた。

 何だか最近ボーっとすることが多い私は、メイクは地味子っぽさを残しつつもしっかりやったけれど、服装にまで気を回せなくて今日はTシャツにシンプルなジーンズと手を抜いて図書館に来た。

 そうして二人と合流して勉強をしていたのだけれど……。


「ごめん」

 とさくらちゃんに小さく謝った美智留ちゃんは、私に向き直って眉を寄せる。

「でも灯里がボーっとしてるからだよ? 勉強、全然はかどってないみたいじゃない」

 言われて手元のノートを見る。

 暗記するための英単語の書き取りをしていたはずなんだけれど、それも三つくらい書いたところで止まっている。


 次の単語はapproach。

 ~に近付く、という意味。

 近付く、という意味を見てあの瞬間を思い出してしまったんだった。

 メイクもして更にカッコ良くなった日高くんの顔が、近付いてきた瞬間を。


 日高くんはどういうつもりであんなことをしたんだろうか。

 普通、キスって好きな人とするものだよね?

 日高くんが私を好き?

 ……いや、無いだろう。

 何だか楽しそうだったし、きっとからかわれただけなんだ。

 でもそう考えると、ファーストキスを奪われた怒りが湧いて来る。


 いくら恋愛に疎いって言っても、ファーストキスの憧れは普通にある。

 それをあんな不意打ちみたいに!

 そう思って怒りをSNSで直接ぶつけてやろうとしたんだけど……。


 私は送信のアイコンをタップ出来ないでいた。

 いや、だって。

 からかっただけって言われたら更に腹が立つし、もし好意的な意味でのものだったらそれこそどうすればいいか分からないし。

 そんな風に思って送信出来ずにいたら、日高くんの方からメッセージが来た。

 恐る恐る見てみると、キスの事には全く触れずゴールデンウィークの予定を聞いて来ただけ。

 肩透かしを食らった気分で予定を軽く教えると、《そうか》という言葉だけが送られてきた。


 もうこれはどうすればいいんだろう。

 今まで通り普通に接しろってことなのか。

 それともからかっただけだし気にするなってことなんだろうか?

 それはそれで腹が立つけれど。

 ゴールデンウィーク残りの予定は中学の友達と会ったり、家族でプチ旅行がてらお母さんの実家に行ったりすることだった。

 中学の友達とは久々にメイクのことを語り尽くしたし、プチ旅行では行く途中や帰りに色々行ったからあまり思い出すこともなかったんだけれど……。

 図書館で静かに勉強をしていると、あの日のことが色々思い起こされてしまうんだ。


「灯里……? あーかーりー?」

「あ、は、はい」

「またボーっとしてる。大丈夫? 何か心配事でもあるの?」

 あまりにも心ここにあらずな状態だったせいか、心配を掛けてしまったみたいだ。

「う、ううん。大したことじゃないから」


 本当は大したことあるんだけどね!


「そう?」

 まだ心配そうにしている美智留ちゃんには悪いけれど、キスされたことなんて誰にも相談出来ないよ!

「でも集中出来ないなら気分転換は必要だよ。取りあえず一度出ようか?」

「そうだね」

 さくらちゃんの言葉に美智留ちゃんが同意したことで、私達はとりあえず図書館から出ることにした。


「ごめんね、私のせいで……。勉強邪魔しちゃったよね」

 私に気を使ってくれたのは明白だ。

 だから謝ったんだけれど……。

「いいよ。丁度切りのいいところだったし」

「実は私も集中出来なかったんだ。本がたくさんあると読みたくなっちゃうから」

 美智留ちゃんとさくらちゃんは笑って平気だと言う。

 二人とも優しいな。

 こんな優しい子達と仲良くさせて貰えるなんて、ホント感謝しか無い。


「でもこれからどうしようか? 早いけどお昼に行く?」

 美智留ちゃんが私を見ながら聞いてくる。

 今は十一時。

 お腹が空くにはちょっと早いけれど、食べられなくは無い時間。

「私はお腹空いてないけれど……」

 と、さくらちゃんに視線を送ってみる。

 さくらちゃんは「私も」と言いつつ眉を寄せて悩む仕草をした。

「でももう少ししたらお店は混みそうだよね?……どこで食べるの?」

 その質問に私と美智留ちゃんは顔を見合わせながら「どうしよっか?」とお互いに首を傾げた。


 意見がまとまらなかったので、とりあえず繁華街の方に行ってブラブラしてみようということになる。

 チェーン店のファミレスやカフェもあるし、お昼に迷ったら空いていそうなところに行けばいいか、と。

 そうしてウィンドウショッピングをしながら歩いていると、ゲームセンターから出てきた集団と鉢合わせする。

「あれ? お前らも一緒に遊んでたの?」

 よく見ると工藤くん達だった。

「遊んでたんじゃなくてテスト勉強してたのよ。今は休憩中」

 美智留ちゃんが答える。

 すると花田くんが呆れ気味に訂正した。

「俺達もテスト勉強するために集まったはずなんだけどね……」

「日高がまた遅刻するから遊んで待ってただけだろー?」

 と工藤くんが言い訳をする。


 日高くんの名前に、私は表情を固まらせて身構える。

 ど、どんな風に接すればいいの⁉

「遅刻した事は悪いって謝っただろ? それに俺が来ても良いところだからって言って今まで続けてたのは工藤じゃないか」

 花田が何度もやめようって言ってたのに、と日高くんは逆に文句を言っていた。


 私も美智留ちゃん達に誘われる様になったけれど、日高くんも工藤くん達に誘われる事が多くなったのかな?

 口調も砕けた感じで話していて、もうすっかり友達って感じだ。

 私はどんな顔で日高くんと会えば良いか分からなくて、さくらちゃんの後ろに隠れる様に立っていた。

 それでも日高くんは私を見つけて口元を笑みの形にする。

 見つかった事にビクリと震えると、彼は「そうだ」と提案をした。

「せっかくだし、午後は一緒に勉強すれば良いんじゃないか?」

「ああ、良いんじゃないかな?」

 それにすぐさま同意したのは花田くんだ。


「俺達だけだと慎也はまた遊びに行きそうだしさ、女子も見張っててくれれば勉強するだろうし」

「何だよそれー。ちゃんと午後はやるって」

 工藤くんが口を尖らせ不満を漏らす。

「でも一緒にやるのは良いかもな。女子はどうだ?」

 と続けて聞いてきた。

「私は良いよ。二人は?」

 と美智留ちゃんが私達を見て言う。

 チラリとさくらちゃんを見ると少し嬉しそうで、これは協力しないわけにはいかないだろう。

 日高くんの事だって、明日からずっと避けるわけにはいかないし。

 何よりさくらちゃんも良いよ、と言ってしまったので私だけダメとも言えなかった。

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