灯里のメイク

「さて、いよいよ本番。メイクするよ」

 切り替えるようにパン、と手を叩いてから準備をする。

 化粧品類を並べ、とっておきの化粧筆も用意する。

 この化粧筆は高校入学祝いにってお母さんが買ってくれたんだ。

 もう、文字通り飛び跳ねて喜んだよ。

 しかもスポンジとは全く違う化粧ノリに感動して泣きそうになった。

 化粧が崩れるから泣かなかったけれど。


 そうして準備を終えると改めて日高くんの顔を見る。

 乾燥はしていない。

 あぶらぎっているところもない。

 他に気になっているところは眉だけど……。

「眉の余分な毛、抜いても良い?」

「はぁ⁉ 痛い事するとは聞いてねぇぞ⁉」

 と両手で眉をガードされた。

 仕方ないので目立つ部分だけ剃らせてもらうことにする。


 剃り終えたら改めて、下地クリームからメイクの始まりだ。

 目を閉じて、ゆっくり浅めの深呼吸をする。

 そうして目を開けたら、私はメイクの事だけに集中するんだ。

 人に施すときはいつもやっているルーティン。


 下地クリームを塗りながら、どのパーツをどう描こうか。

 イメージしていたものとの違いを修正していく。

 最後の仕上げの時に調整できるように、描きすぎない様気を付ける場所を頭に入れる。

 頭の中である程度のイメージが完成したら、コンシーラーで目の下のクマをカバー。

 日高くんのは寝不足による青クマだろうから、オレンジのコンシーラーを乗せて指でぼかしていく。

 そのうえで更にベージュ系のコンシーラーを軽く乗せ、同じようにぼかす。

 あとは小鼻の赤みにイエロー系のコンシーラーを乗せた。


 不摂生のせいで肌が乾燥していただけなんだろう。

 肌に凹凸は無いし、ニキビも少ない。

 元々の肌は綺麗なんだと分かる。

 次はファンデーション。

 男の人はリキッドタイプが良いみたいだったけれど、今の私の手持ちでは日高くんに合いそうな色合いのものがなかった。

 パウダータイプなら丁度良いものがあったので、首のところでちゃんと合うか確認しながら筆を使ってのせていく。

「ふっ、くすぐってぇんだけど」

 筆の感触が慣れないためか、日高くんは鼻をムズムズさせて言う。

 でも私は集中を崩したくないので「黙ってて」と静かに口にした。


 次は眉。

 男性にとっては一番大事なパーツ。

 眉の描き方だけで印象ががらりと変わってしまうんだ。

 日高くんは、男らしく意思が強そうなイメージ。

 でもまだ若いから、少し中性的な雰囲気を残すように……。

 細すぎず太すぎず。

 眉山はしっかり作るけれど、曲線的な感じで……。


 アイラインはまつ毛の生え際にペンシルタイプで描けばいいのだけれど、生え際だからきっと嫌がられる。

 それに、日高くんはアイラインがなくても黒目が大きく見えるし無理にやる必要はないだろう。

 肌色系のアイシャドウで立体感を出すだけに留める。

 唇は元々形が整っているので、縦ジワに沿ってリップクリームを塗っていき、シアータイプの赤を指でポンポンと乗せるように付ける。

 いや、付けようとして逃げられた。


「ちょっと?」

「お前、前も思ったけど男の唇に触れようとするとか……」

 何が言いたいのか分からないけれど、文句があるらしい。

 でもそんなことは関係ない。

「いいから動かないで。そして黙ってて」

 真剣な目で射貫くように彼を見て、低い声で告げる。

 例えメイクされている本人であろうと、私のメイクを邪魔するのは許さない。

「っ」

 息を詰まらせて目を見開いた日高くんはそのまま動かなくなる。

 丁度良いので、今のうちに唇に触れて色を乗せていく。

 そしてティッシュをくわえて貰って余計な色艶をカットした。


 一通り終えて日高くんの顔の全体を見る。

 うん、チークやシェーディングは必要なさそうだ。

 他にもコンシーラーが固まっていないか、眉のバランスはとれているかなど全体を見てチェックする。

 うん、メンズメイク初心者としては満足いく出来に仕上がったと思う。


 ゆっくり息を吐きながら、口元から笑みが零れる。

「うん、完成」

 鏡を持って、日高くんにも見えるようにする。

「どうかな? 若さを出しつつ、男らしく見えるようにしたんだけれど。清潔感も出てイケメン度上がったと思わない?」

 そう言って反応をわくわくと待っていたんだけれど、日高くんは何故か固まっていた。

 自分の顔に見惚れてるとか言うわけではなさそうだけれど……。

 むしろ私が見られている様な?


「えっと……日高くん?」

「っ、あ……終わったのか……?」

 いや、私完成って言ったじゃない。

「そうだよ。ほら、どう?」

 そう言って鏡を差し出して、同じことをもう一回言った。

「……へぇ、何か色々塗ってたからどんなケバイ顔にされるかと思ったけど……。イイじゃん。思ったより自然な感じだし」

 好感触な反応にニコニコと笑顔になる。


「良かったぁ」

 そう口にすると、日高くんがこっちを見てまた固まってしまう。

 さっきからどうしたんだろう?

「何? 私の顔何かついてる? あ、まさか化粧崩れちゃってる⁉」

 だとしたら大変だ。すぐに直さなきゃ。

 そう思って鏡を返してもらおうと手を伸ばすと、何故かサッと避けられる。


「……ちょっと、鏡返して」

「あ、わりぃ。つい何となく避けちまった」

「何となくで避けることだったかな?」

 不思議に思いながら鏡を返してもらう。

 メイクを確認してみるけれど、特に崩れたところはなさそうだ。

 じゃあ何で見ていたんだろうと内心小首を傾げていると、日高くんが「なぁ、腹減らねぇ?」と聞いて来た。


 確かに。と思う。

 時計を見てみると十二時も過ぎていた。

 それはお腹も空く。

「じゃあ、どこか食べに行こうか? せっかくメイクしたんだし、ちょっと外歩きしてみたいな」

 と、一応言ってみたものの、バレる心配をしてこのまま外には出ないんだろうなと思った。

「ああ、いいぜ」

 でも日高くんは普通にOKの返事をくれる。

「え? いいの?」

 だからついそう聞き返してしまう。


「何だよ。いいの?って」

「いや、地味男の秘密バレるから行かないって言うかと思って……」

「お前……普段の地味男の俺と、今の俺が同一人物だって他の奴が気付くと思うか?」

「あー……」

 確かに、変わるところを直に見ていないと分からないかも知れない。

 さっき、日高くんも私の事分からなかったし……。

 なら問題ないかな?

「じゃあ、出掛けようか」

 そうして二人で家を出た。

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