待ち合わせ

 毎日作ると言ってしまったからにはレパートリーを増やさなければ。

 数種類をローテーションでもいいかな、と初めは思ったけれど、そうすると「飽きた」と言われそうな気がして腹が立つ。


 絶対そんな事言わせるもんか!


 と意気込んだものの、すぐにゴールデンウィークが来てしまった。

 仕方ないのでゴールデンウィーク中に気になったものはいくつか作ってみて美味しかったものだけを持っていくことにしよう。

 そう決めたけれど、取り合えずゴールデンウィーク一日目の今日は待ちに待ったお楽しみの日だ。

 だから今日はそっちに集中したい。


 待ちに待った日。

 そう、日高くんにメイクをする日だ。

 約束をしてから毎日のように、どんなメイクを試そうかとメンズメイクを勉強していた。

 ネットもだけど、雑誌類も出来る限り買い漁った。

 おかげで今月のお小遣いが早くもピンチだけど……。


 私は約束の時間に合わせて家を出て、待ち合わせ場所の駅前に向かう。

 時間ピッタリくらいについたけれど、日高くんの姿は無い。

 そういえば遊園地のときも遅刻していたしなぁと思い出す。

 でも十分程度だったし、ちょっと待ってみる。

 そうして近くの石段に座りながら何度かスマホを確認して待っていると、誰かが近付いて来る。

 男の人みたいだったから、日高くんだと思って顔を上げたけれど違っていた。


 誰だろう、知らない人だ。

 ……ん? いや、でもどこかで見たことある様な?


「君、高校生? 誰かと待ち合わせしてんの?」

「え、と……?」

「相手も女の子ならさ、俺達と遊ばない?」

 そう言って親指で後ろを指す。

 その先には、もう一人男の人が見える。

「あの、すみません。相手は男の子――」

「いてっ!」

 男の子だから遊べませんという言葉は、相手の声のせいで続けられなかった。


「あ、すんません。人を探してて良く見てなくて」

 男の人は誰かにぶつかられたみたいだ。

 でもこの声って。

 よく見ると、男の人にぶつかったのは日高くんだった。


「あ――」

「てめぇどこ見て歩いてんだよ!」

 日高くん、と声を掛けようとする前にまたしても目の前の男の人にさえぎられる。

「いや、だからすみませんって。よそ見してたんで」

 日高くんはもう一度謝って説明し直す。

「ああ? 人にぶつかっといてすみませんだけで済むと思ってんのかぁ?」


 いや、普通はそれで済むよ。


 なんて突っ込むことも出来ず、私は成り行きを見ているしかなかった。

 止めようとしても男の人が遮るし、何より止める間もなく日高くんに掴みかかって行ったから。

 でも掴みかかった男の人が急に止まった。

 私からは背中しか見えないからどんな表情をしているのか分からないけれど、何だかプルプル震えている様な……?

「お、まえ……日高陸斗」

 日高くんをフルネームで呼ぶ男の人。

 何だか既視感きしかんを覚えて記憶を探ると、すぐに出てきた。

 数日前に見た顔なんだから、見覚えがあって当然だ。

 この男の人は、遊園地のお化け屋敷で日高くんに襲い掛かって来たあのお兄さんだ。


「ん? ああ、あんたか。えーっと、数日ぶり?」

「ふっざけんな! お前のせいであのバイトクビになっちまったんだからな⁉ おかげで今は無職だよ!」

 いきり立つお兄さん。

 でもそれは自業自得だと思うけれど。

 前もそうだったけど、今回も八つ当たりだ。

 予想が当たって呆れるしかない。

 それでも今回は多くの人目のある場所だ。

 日高くんも相手を殴って終わりなんて出来ないだろう。


 何とか止めないと。

 でもどうすれば……?


 険悪な雰囲気ふんいきかもし出している二人を見上げながら、内心結構焦っていると。

「おい、何やってんだよ? 今日は可愛い子見つけて一緒に遊ぶんじゃなかったのか?」

 さっきお兄さんが指していた男の人が近付いてきてお兄さんを止めてくれる。

「だってこいつが!」

「黙れって。人目もある場所だぞ? 遊びに行くってのに、問題ごとはお断りだ」

 そうして男の人はお兄さんの耳を引っ張って、強制的に日高くんから離してくれた。


「いってぇ! 杉沢すぎさわさん、いってぇって!」

「悪かったね。コイツ血の気が多くてさ」

 そう謝ると、男の人はお兄さんの耳を掴んだままその場を後にした。

 呆気に取られながらそれを見送っていると、バチリと日高くんと目が合う。

 日高くんは「あー」と何やら言葉を探すように唸ったあと、口を開いた。


「ナンパされてたんですよね? あの人が俺に突っかかって来てるうちに逃げれば良かったのに」


 ……何で敬語?

 いや、それよりも。


「あれ、ナンパだったんだ。……初めてされた」

 今日の様に友達と待ち合わせをして出かけたりは中学の頃は良くしていた。

 でもナンパ何てされたのは初めてだ。

「ま、また変なのに掴まらないうちに待ち合わせの相手と早く合流した方がいいですよ、お姉さん」

「……ん?」

 また敬語、というか『お姉さん』?

 疑問に思っているうちに、日高くんは私から離れて行こうとする。


「ちょっと待って!」

 私の制止の言葉に日高くんは面倒臭そうに「なんですか?」と振り返った。

「俺も人待たせてるんで、探さないと」

「いや、その……」

 完全に私だと分かっていないみたいだ。

 中学の頃は散々メイクをして同級生と会っていたけれど、誰か分からないと言われるほどじゃなかった。

 だからまさかこんな反応をされるとは……。


「用があるなら早く言ってくれませんか?」

 イライラした調子で言われて、早く私だと気付いてもらわなければと思う。

「あ、だから私――」

「それとも、お姉さんも男あさってたとか?」

 何だか今日は言葉を遮られることが多い。

 人の話は最後まで聞こうよ男ども!


「それじゃあナンパ邪魔して悪かったなぁ?」

 ニヤリと笑う日高くん。

 そして彼はメガネを外して私を真っ直ぐ見た。

「で? 仕方ないから俺で我慢しておこうとか?」

 妖艶に微笑んでそんなことを言う日高くん。

 これが本当に初めて会う女性とかならドキッとかするのかもしれないけれど……。


「……」


 私は寧ろ死んだ魚の様な目で見返していた。

 予想外の反応だったんだろう。日高くんも何やらおかしいと気付いたのかメガネを戻して黙り込んだ。

「はあぁー……。うん、取りあえず行こうか、日高くん」

 大きなため息をついて、本当に用件だけを口にする。

 何だか待ち合わせだけで疲れた。


「え? 何で俺の名前……ってか行こうかって……く、倉木……なのか?」

 本気で信じられないものを見たという驚愕の表情。

 私はそれに容赦なくトドメを刺す。

「そうだよ、倉木灯里です。もういいからさっさと行こう」

 そう言って歩き出した私の背後で、日高くんの「嘘だろう?」という呟きが聞こえた。


 歩き出してからも何度も「嘘だろ?」「マジで?」と聞いて来る日高くん。

 私はそれにウンザリして率直そっちょくに聞いた。


「本当に私が倉木だって。そんなに変わった? 中学の時はメイクしたってちゃんと私だって気付いてもらえてたよ?」

「中学の時なんて知るか! 普段の地味子しか知らない状態で今のお前見たらハッキリ言って別人だ!」

 相当ショックだったのか叫びながら言われる。

 でもその言葉で理由が分かった。


「あ、そうか。中学の時は地味子してなかったっけ」

 中学の時と違って、今はギャップがありすぎるんだ。

 納得して落ち着いた私と違って、日高くんはまだ少しショックを引きずっている様だった。

「メガネかけてないし。メイクで顔が変わってるってのもあるけどよ、全体的な雰囲気が大人っぽいんだよ。大学生か、高校三年生くらいに見えた」

 だからお姉さん何て呼んだのか。


 確かに今日は全体的に大人っぽい雰囲気でコーデした。

 メイクは眉を直線で描くようにして少し長めに。

 頬や唇のハイライトにも気を使って、全体的にシャープに見えるようにした。

 髪は八対二の位置で分けて、ストレートアイロンをかけ、毛先は内側にくるんと入るようにセット。

 服装はクリーム色のバルーン袖レースのトップスに足が長く見えるという謳い文句があったジーンズの甘辛コーデだ。

 大人っぽくはあるけれど、大学生にまで間違われそうになるなんて、私も成長したのかなぁ?


「まあ、確かに大人っぽくしたかな? だって、日高くん背高めだし、本来の顔もどっちかって言うと大人っぽいでしょう? だから合わせてみたんだ」

 と、見上げて言うと何故か日高くんは表情を固まらせた。

「ん? どうしたの?」

「……いや、何でもない」

 なんだかついこの間も似たようなことがあったような?


 そんなことを考えていると、ひとつ咳払いした日高くんが質問してきた。

「それはそうと、お前本気なのか?」

「へ? 何が?」

「俺にメイクするための場所だよ。最初聞いた時もマジでいいのか聞き返したけどよぉ……。本気で良いのか?」

「ああ、そのこと?」

 何かと思えばそんな事か。

 SNSでの会話で納得してくれてたと思ったのに。


「本当に大丈夫だって。お父さんもお母さんも今日はフルタイムで仕事だし、メイクするなら自分の部屋の方が道具も揃ってて完璧に出来るし」

「いや、俺が言いたいのはそこじゃなくてだな」

 と、日高くんは何やらまだ言いたげだったけれど、もうついてしまった。

「あ、ここが私の家。さ、入って」

「……はあ、分かったよ」

 溜息をついて諦めたのか、日高くんは素直に家の中に入ってくれた。

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