二章 互いの秘密

仲間①

 みんなで遊園地に行って日曜日も過ぎた休み明け。

 教室に入ってすぐに美智留ちゃんに「おはよう」と声を掛けられる。

 今までもよく話しかけてきてくれたけど、朝からこうして挨拶してくれることは無かった。

 仲良くなれた嬉しさから、私も「おはよう」と返してさくらちゃんと二人でいるところに近付いてみる。


「一昨日は楽しかったねー。今あの時撮った写真見せあってたところなのよ」

 そう言った美智留ちゃんがホラ、と自分のスマホ画面を見せてくれる。

 そこにはコーヒーカップに乗った私とさくらちゃんの姿が映っていた。

 そういえば突然撮るよーと言われて慌てて笑顔を作った気がする。

 うん、慌てたから笑顔がぎこちないね。さくらちゃんは安定の可愛さだけど。


「灯里も何か撮ってたよね? 人はあまり撮ってなかったみたいだけど」

 美智留ちゃんに言われて私もスマホを取り出す。

「私は大体景色ばかり撮ってたかな。思い出代わりにみんなで乗ったアトラクションとか、花壇がキレイだったから……あっ」

 スライドさせながら見せていたら、ある写真が出てきて気まずくなる。

「あ、これ……」

 さくらちゃんが軽く驚いて呟く。

 その写真には、さくらちゃんと花田くんが二人並んでいるのが映っていた。


「ご、ごめんなさい。これはその……さくらちゃんが花田くんの事好きだって聞いたから……なんか良い絵だなって思ってつい撮っちゃって……」

 言い訳をしてみるけれど、許可も取らずに隠し撮りしたようなものだ。

 何を言っても気まずい。

 でも、さくらちゃんは恥ずかしそうに微笑んでくれた。

「この写真、私に送ってくれる? 良く撮れてる。嬉しい」

 そう言った様子は同性の私でもキュンとしてしまいそうで、可愛すぎる。

 しかも隠し撮りを許してくれるとか優しい。


「今すぐ送るね」

 そうして私がスマホをいじっていると、美智留ちゃんが少し声を落として話し出した。

「そういえば、花田とはどうだったの? 一昨日は良い感じに見えたけど?」

「え、どうって……」

 聞かれたさくらちゃんは困ったように言葉をにごらせる。

「SNSで直接メッセージ送ったんでしょ? ジェットコースターのあと見ててくれたこととか、お化け屋敷で一緒に来てくれたこととかのお礼するって言ってたし」


 おお! そんなメッセージを送ったんだ。

 確かにそれは反応が気になる。

「う、ん……。何度も見直して送って、返事は帰って来たんだけど……」

 気にするなよ、同じ班の仲間じゃないか。というようなことしか書かれていなかったらしい。

「うーん……」

 私と美智留ちゃんは揃って何とも言えない顔になる。

 恋愛がよく分からない私でも、両想いになるのは難しいってことくらい分かるけれど……。


「完全に、異性というより仲間と思われてる感じだね」

 美智留ちゃんがハッキリと口にする。

「うっ」

 飾り気のない言葉が胸に刺さったのか、さくらちゃんが胸元を押さえて苦い顔をした。

 美智留ちゃんは慌ててフォローの言葉を口にする。

「まあ、これからだって。仲間だとしても、少しは花田の特別に近付けたんだから今回はこれで良しとしようよ」

 確かに特別ではあるけれど、あくまでもクラスメートから仲の良い仲間になっただけだ。

 まあ、進展はしてるってことなのかな?

 恋愛初心者ですらない私には良く分からない。



 心の中で首をひねっていると、教室の入口からぬぼーっと日高くんが入って来たのが見えた。

 本当はカッコイイのに、あそこまで地味男になれるのも凄いと思う。

 日高くんは自分の席に座ると、突っ伏して寝る体制になった。


 もしかしてまた寝不足なんじゃ。

 あり得ない、と思いながら私は彼のところに行くために二人に断りを入れる。

「ごめんなさい。私日高くんに用事があって」

「そうなの? 分かった、また後で話そうね」

 美智留ちゃんにそう言ってもらえて嬉しい。

「じゃあまた後でね。写真ありがとう」

 さくらちゃんにもそう言ってもらえて、私は二人から離れた。


 私はすぐ日高くんに渡すものを持って彼の席に急いだ。

 日高くんはいつも遅めに来るから朝のショートホームルームまであまり時間がない。

「日高くん、おはよう。ちょっと渡したいものがあるんだけど、良い?」

「……眠いんだけど……」

 少しだけ顔を上げた日高くんは不満そうに私を見上げる。

 学校の中だからか、口調は地味男バージョンだ。


「すぐ済むから」

「……ここで言えば?」

「ちゃんと傷の様子も見たいからせめて顔上げて」

「んだよ、めんどくせぇ」

 最後の言葉は私にだけ聞こえるように小声で言っていた。

 それでもあくびをしながら顔は上げてくれる。


 口元の傷はちゃんと塞がっているみたいだ。

 変に盛り上がったりもしていないし、傷跡として残らなそうで安心する。

 でも一昨日私が消毒代わりに塗ってあげた軟膏以外手入れはしていなさそうだ。

 やっぱり持ってきて良かったかも。


「はい、これ」

「……なんだ?」

「これは紫外線カットのサージカルテープ。こっちは同じく紫外線対策のBBクリーム」

「……で?」

「傷跡が残らないように使って。サージカルテープは傷が塞がってないときに使うものだから、BBクリームが良いかな」

 日高くんは数秒それらを見つめた後、私を見て言った。

「嫌だって言ったら?」

「次の休みまでに傷跡が残ってたら秘密バラす」

「おい」

 鋭く睨みつけられたのですぐに「冗談だよ」と誤魔化した。


 半分くらいは本気だったけどね。


「でも使ってくれると助かるな。痕が残らないかずっと気になってたんだ。ほら、BBクリームは傷が見えないようにカバーもしてくれるんだよ?」

 そう言って私は自分の手の甲に少し出して伸ばして見せる。

 それを見た日高くんは少し考えてから「それってさ」と口を開く。

「化粧品類に入るんじゃねぇの? 学内持ち込み禁止の」

「!!」

 衝撃を受けた。

 確かにサージカルテープは医療用品に入るけれど、BBクリームは確実に化粧品類に入る。

 そういう校則があって厳しいから、私はこんな風に持ち込まないように地味子に徹していたんじゃなかったのか。


「……」

 私は黙ってポケットからティッシュを取り出し手の甲をしっかり拭う。

 そしてティッシュとBBクリームをそっとポケットにしまい証拠隠滅しょうこいんめつした。


「うあああぁぁ……」

 思わずうめきながら日高くんの机に突っ伏す。

「こんな風に持ってこないように我慢してたはずなのに……」

 大声で叫んで後悔を吐き出したいところだけれど、そうするわけにもいかないから突っ伏してぶつぶつ言った。

 そんな私に日高くんは「あー……」と言葉を探してから声を掛けてくる。


「まあ、お前がどうして秘密を守りたいか少し分かった気がする……」

「理解してくれて嬉しいです」

 全く喜んでない口調で告げると、私は何とか立ち上がってサージカルテープを差し出した。

「本当は傷がふさがってから使うものじゃないんだけど、傷跡が残りにくいようにこの紫外線カットのテープ貼っておいて」

「めげないなお前」

 呆れられた。


「はぁ、分かったよ。だからもうあっち行け」

 サージカルテープを受け取った日高くんはシッシッと手を振る。

 用は済んだし、そろそろ担任の先生も来る時間だから私は素直に自分の席に戻った。

 戻ってからも、やらかしてしまったことに落ち込んだ。

 でもまあ、持って来てしまったものは仕方ないから後は今日一日絶対ばれないようにしないと。

 そう決意したとき、丁度担任の先生が教室に入って来た。

 その後は少しドキドキしながらも普通に授業を受け過ごし、何とか昼休みまで無事に過ごす。

 持って来てしまっただけで、使ってはいないから先生の前で出さない限りは怒られることは無いだろう。

 午前中を乗り切って、やっとそう思えた。

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