一章 メイクオタク地味子

班決め

 私、倉木くらき灯里あかりは悩んでいた。

 高校一年になった四月の終わり。

 GW直前の土曜日。

 鏡の前でうんうんうなりながらどうしようか悩む。


「いっそぶっちゃけて本気メイクで行くか……地味子を通すためにナチュラルメイクで行くか……」


 悩んだ末に、私はナチュラルメイクで行くことにした。

 今日出かけるのは遊園地。

 外を歩くことが多いだろうから、日焼け止め下地は必須。

 イエベな私は明るめな印象に見られやすいから、あまり派手にしない方がいいかな?


 落ち着いた色合いになるようなリキッドファンデーションをポンポンとって、仕上げに化粧筆でパウダーをサッと撫でる。

 アイブロウは目立たないように薄めに描いて、アイメイクはしないでおく。

 最後にリップクリームを塗って唇を保湿して、軽くティッシュを当てる。

 リップライナーと赤みの少ないタイプのルージュを塗り、もう一度ティッシュを当てた。

 鏡を見直して、おかしいところがないかチェックをする。


「うん、こんなもんかな」


 メイクに納得したので、他の準備を始めた。



 なんで私がこんなに悩んでメイクをしているかというと、今日はクラスの校外学習で同じ班になった子達と一緒に遊園地に行くからだ。

 中学までは同じくメイクが好きな友達とわいわい普通に楽しんでいた。

 でも高校に進学するにあたってその友達とも別れてしまい、しかも今の高校は今どき珍しいくらい校則が厳しい。


 髪を染めるのはもってのほか。

 メイクなんて色付きリップですら指導が入る。

 違反したら容赦なく内申点が削られるとか。


 校内でメイクは楽しめないと早々に諦めた私は、休みの日にめいいっぱい楽しもうと決めて学校ではいわゆる地味子で行くことにした。

 少しでもおしゃれをしようと考えると本気メイクをしたくなってしまうからだ。


 まあ、そのせいで特に仲の良い友達も出来なかったのは痛手だったけれど……。

 それでも班に誘ってくれる人とかはいたし、そこまで不自由は感じていない。


 で、土曜日で休みの今日。

 休みの日だからメイクを楽しみたいところだけれど、今日会うのは学校の面々。

 別にメイクが好きなことがバレても構わないんだけど、それで学校でもメイクの話をするようになったら私の我慢が限界に達しそうだと思った。

 だから今日も地味子で通すことにはしたけれど、休みの日だから少しでもメイクは楽しみたい。


 その結果が今のナチュラルメイクだ。

 パッと見はメイクしてるなんて気付かないだろう。

 ちゃんと見ても、色付きリップ塗ってるかなってくらいだと思う。


 中学の友達くらいメイクに精通していれば肌のトーンとかでリキッド塗ってるのは気付くだろうけれど、多分普通の女子高生なら気付かない。


 それくらいのナチュラルメイクだ。

 ある意味力作なナチュラルメイクに合わせたのはボーダーTシャツにピンクベージュのパーカー。

 そして明るめの色合いのジーンズだ。


 肩までの黒髪はいじらずそのまま。

 寝癖だけは気を付ける。

 最後に学校で使っている地味ーな黒縁メガネをかけて今日のコーデは完成だ。

 メガネはもう少しオシャレな可愛いフレームのものもお年玉で買ったのを持っているけれど、学校では地味子にてっすると決めたので小学校の頃から使っているものをかけている。

 高校生になった記念にと言ってコンタクトもワンデイのものを買わせてもらったけれど、こっちは本当に休みの日用だからまだ二回くらいしか使っていない。

 そんな感じで準備を終えた頃にはそろそろ家を出ないといけない時間だった。


「あ、ごはん食べる時間微妙……」


 でも美容のためにも朝食を抜くと言うのはありえない。

 簡単にヨーグルトにフルーツグラノーラをかけたものだけ食べることにした。


「それだけ? いつもはサラダとかハムとかも食べてるのに」


 休みの日だからとゆっくり朝食を食べているお母さんに言われたけれど、そんなに食べている時間はない。

 かき込めば食べれるかも知れないけれど、美容にも健康にも良くない。

 そういうのがクセになって、いつもそんな食べ方してると肌も荒れてしまいそうだ。


 そう、肌も荒れる。

 つまり、化粧ノリが悪くなる!!

 それだけは絶対にさけたい。

 まあ、こんなだからお母さんにはメイクオタクとか言われちゃうんだけれど。


「時間ないからしかたないよ。これ食べたら出るから」

「そう? じゃあ用意しておいたサラダは夜に食べる?」

「うん、取っておいて」


 朝は食べれなくても一日の栄養分として摂取しておきたい。


 ちょっと遅くなったけれど、待ち合わせには何とか間に合いそうだ。

 私は小走りで待ち合せ場所に向かいながら、今日出かけることになった経緯けいいを思い出していた。


***


 始まりはGW明けに行われる校外学習の班を決めるときのことだ。

 今年一年色んな行事で班別行動をするときにもこの班は使われる。

 だからみんな仲の良い子や好きな人と我先にとグループを作る。

 地味子に徹していた私は特別仲の良い子とかも出来なかったからグループ決めに完全に出遅れた。


 最初に男女それぞれで三、四人のグループになって、異性グループと班になるようにとのことだった。

 出遅れた私は自分から話しかけることも出来ず、入れてくれそうなグループは無いかな? と周囲を見回していただけ。

 そうしたらクラスの中でもイケてる感じの二人組が声を掛けてきてくれた。


「倉木さんグループ決まった? まだなら私達と一緒にどう?」


 初めにそう話しかけてきたのは田中たなか美智留みちるさん。


 色んな髪型をしてくるオシャレな子だ。

 この日に限らず、良く私に話しかけて来てくれる。

 私がひそかに思っている、いつかメイクしてあげたいランキングNO.2だ。


「私達二人だからさ、倉木さんが入ってくれると助かるんだ」

「どう、かな? あ、もう決まってるなら無理にとは言わないよ?」


 田中さんに続いて気遣ってくれたのは宮野みやのさくらさん。

 ふわふわの髪をいつもハーフアップにしているとっっっても可愛い子だ。

 あざといとか言って嫌ってる人もいるみたいだけど、これが素なのは見ていれば分かる。

 そう、しっかり見ていれば分かる。

 そんな彼女はいつかメイクしてあげたいランキングの晴れあるNO.1だ。

 もうダントツで!


 そんな彼女たちに誘われたんだ。

 もう一も二もなくOKに決まってる。


「あ、工藤のグループと一緒の班になるんだけど大丈夫かな?」

「うん、大丈夫だよ」


 そうして同じ班になった工藤くどう慎也しんやくんのグループ。

 工藤くんもなかなか顔面偏差値が高い。

 工藤くんはそのグループの中でもリーダー的存在。

 と言っても色々と仕切っていく様なタイプじゃなくて、誰にでも優しくて責任感のある人だから自然とそうなっちゃうって感じだ。



 その工藤くんと一番仲が良いのが花田はなた つかさくん。

 ムードメカーって言うんだろうか。

 一見チャラ男っぽくも見えるけど、根は真面目で女の子にそれほど接近するようなことは無い。

 そしてもう一人は……。


 日高ひだか陸斗りくと

 彼もきっと私と同じ。

 グループに入りそびれて一人だったから、工藤くんあたりに入れてもらったんだろう。


 日高くんはいわゆる地味男。

 私とはよくついにされる。

 地味男の日高と地味子の倉木って。

 だからと言って仲が良いわけじゃないし、まともに話したこともない。

 身長はそれなりにあるし、体格も悪くないと思うけれど……。


 安いシャンプーでも使っているのか髪はごわごわ。

 しかもそんな髪を伸ばし気味にしているものだから顔もハッキリ見えないし、仕上げは全く似合っていない黒縁の丸メガネ。

 同じ黒縁のメガネでも私の方が数倍マシだった。


 この面々を見ていると、男向けメイクもやってみたいなーと思ってしまう。

 最近は結構男性向け化粧品も出てるし、この間男の化粧の仕方を紹介する動画も見てみたけれど興味深かった。

 特に日高くんは別人ってなってしまうくらい色々やりたい。

 というか、やらずにはいられないってくらいひどい。

 だからあまり近付かないようにしていたんだけどな。

 まあでも同じ班になっちゃったんだから仕方ない。

 出来る限り話したり近付いたりしないようにしよう。


 そう思っていたんだけれど……。


「ねえ、このメンバーでどこか出かけない? この一年一緒に行動することも多くなるんだし、親交を深めるってことで」


 と、田中さんが提案した。

 人気者四名は「いいね!」とすぐに同意。

 日高くんは興味なさそうだからと様子を伺っていたんだけれど……。


「……いいんじゃない?」


 と特に反対はしなかった。

 そんな状態で私が反対出来るはずもない。

 それに、みんなと出かけること自体は嫌ではなかったから。

 ただ、自分も含め皆にメイクをほどこしたいという欲求と闘わなくてはならないからきっと気疲れしちゃうだろうな、と思った。


 そんな感じで出かける場所も遊園地と決まり、部活に入っている人の日程に合わせてGW前の土曜日にという事になったんだ。

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