第20話
*
微風が吹き抜ける度、笹の葉の揺れる音が辺りを包み込む。まるで幕を引いたように翠緑の竹々が緩やかな坂道をずらりと立ち並ぶ光景は圧巻というしかない。
木漏れ日に優しく照らされた異界への入り口に、僕と涼音は足を止めた。
修学旅行二日目、自由行動に塩澤さんと岡部さんの姿はない。二人が涼音よりも問題児という前情報はどうやら、本当だったらしい。一緒に目的地に向かっていたはずなのに、いつの間にか二人は姿を消していた。
焦ること数分、彼女のスマホに届いた文章に僕は開いた口がふさがらなかった。
『私と岡ちゃんは二人でデートしてきます! 集合時間に宿前集合で!』
彼女はそれを見て「やっぱり、そんな気がしたんだよなぁ」と苦笑いを浮かべていた。
そんなわけで、僕と彼女は二人で当初のルート通りに巡る羽目になった。
「さあ、気にしてもしょうがないし、行こう!」
内心ハラハラの僕に、彼女は一層の笑顔を振りまく。
「それとも、翔琉くんは私と二人っきりは嫌なのかな?」
意地悪く聞いてくる彼女。
「そんなことないよ。塩澤さんと岡部さんには申し訳ないけれど、僕は涼音と二人の方が気楽だよ」
「よくそんな照れる台詞を恥ずかしげもなく言えるよね」
「やましい意味のない、ただの本心だよ」
竹林では彼女はしきりに竹の隙間から覗く空を見上げ、満足げな笑みを零した。それが危なっかしくて、僕は彼女から目が離せなかった。
その後は、電車を乗り継ぎ、定番の観光どころを巡る。有名な滝を見に行ったり、厳かな寺に二人でかしこまってみたり、千本鳥居が本当に千本あるのか数えたりもした。もちろん、千本もなかったわけだけど。
道すがら構える露店があれば、その都度二人で一つ買ってシェアしてみたり。途中、偶然見かけた同じ制服の男女が二人で仲良さげに歩いてるのを見て、少しほっとした。
もちろん、先生に見つかったら大問題なんだろうけど、基本的に先生たちは見回りみたいなことはしないらしい。信頼というよりは、多少の羽目外しを容認してくれているんじゃないかなと思う。
「そろそろ歩くの疲れたよぉ」
不意な彼女の発言に肝が冷えた。しかし、明るい声色と透き通るような双眸に胸をなでおろす。
「ちょっと、休憩しようか」
人通りの多い道を抜け、見晴らしの良い高台のベンチに二人で腰を掛ける。座った瞬間、足が鉛のように重たくなった。四月だというのに高い気温に、汗がじんわりと滲む。
「今日、僕的には結構暑いんだけど、涼音は大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ。暑すぎ。溶ける。でも、汗腺はちゃんと気合で締めてるから安心して」
この様子なら、まあ大丈夫なのだろう。相変わらず、言ってることはよくわからないけど。
「それより、良い景色だよ!」
高台からは京都市内を一望でき、建物と四方の山々が見事に調和している。
「そうだね。良い景色だ」
会話が途切れた。嫌な空気を感じ、僕は慌てて口を開く。
「そういえば、最高の景色。中々見つからないね」
とっさに出た話題のチョイスは、随分と最悪なものだったかもしれない。
彼女は常に最高の景色を求めている。しかし、それを口に出して何が何でも探し出すと躍起になっているわけじゃない。良い景色を見つけては、その都度毎回感動の涙を流す。きっと、彼女は偶然を求めているのだ。がむしゃらに探した末に見つけるようなものじゃなく、見た瞬間、これが最高の景色だとわかる。そんな偶然で、奇跡みたいなものを。
「見つからないねぇ……。でも、大丈夫だよ。きっと、見つかる」
「……そうだね。修学旅行から帰ったら、どこ行ってみようか。ちょうどゴールデンウイークがあるし、遠出も出来るよ。流石に海外とかは無理だけど」
彼女はやんわりと口元に笑みを浮かべる。
「最高の景色って、何だろうね」
彼女にしては、弱気な発言に思えた。
僕は返答に迷い、結局黙ってしまう。
「この四か月、すっごい素敵な景色をたくさん見てきた。でも、絶対にこれが一番っていうのは、見つからない。私は、何を求めているのかな」
夕焼けに染まりつつある街並みに馳せる彼女の横顔は儚げで、どこか浮世離れしたものを感じる。
彼女に未練は残してほしくない。
「大丈夫、見つかるよ。絶対……」
結局、僕はそんな言葉を並べることしか出来なかった。
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