第3話
*
帰宅する頃には十九時を越えていた。
彼女との帰路はとにかく寄り道が多く、半ば強引に連れまわされて、普段なら三十分もかからない帰り道のはずが、二時間以上かかってしまった。
廃れた町に寄り道をするところなど、数件のコンビニか、ファミレスくらいしかないと高を括ったのがそもそもの過ちだ。むしろ、彼女は人工物なんかには目もくれず、川を見つければおもむろに靴下を脱いで膝が浸かるくらいまで入ったり、なぜか冬木の桜をずっと眺めて目を輝かせたりとめちゃくちゃだった。
行き過ぎた好奇心なのか、本当に頭のおかしい子なのか。それでも、常に笑みを浮かべる彼女を眺めていると、彼女の言っていたことは割と本気の発言だったのではないかと思えてくる。
――最高の景色。
そんな漠然としていて、不透明なものを求めて、彼女はこんな田舎町まで来たというのだ。季節を無視した破天荒な振る舞いも、そのためとでもいうのだろうか。でも、そうでなければ十二月の極寒の夜川で、あんなにも浮かれ騒ぐことなんて出来そうもない。
なんにせよ、いつも通りの平凡でつまらない生活とは程遠い一日に目がくらみそうだった。
「ただい――」
「翔琉! こんな時間まで何してたの!」
玄関を開けてすぐに怒声がリビングから聞こえてきた。声の主が憤然とした面持ちで姿を見せる。
「今日は塾もなかったでしょ! 今、何時だと思っているの!」
「ごめんなさい、母さん。少し、先生に用事を頼まれて遅くなったんだ」
僕はとっさに嘘をついた。というか、別に嘘ではない。随分と大まかに説明しただけだ。
激しい剣幕だった母親は眉のしわを解く。
「それならしょうがないわね。いい? 内申にも響くんだから、先生方の言うことはちゃんと聞くのよ」
幾度となく聞いた台詞に、今日何度目かわからないため息を心の中でつく。
「……わかってるよ」
「そしたら、早くご飯とお風呂すませて勉強しなさい。もうすぐ模試でしょ。成績を下げるのは許しませんからね!」
ぴしゃりと言い放つ母親に相槌を打ち、自室へと逃げ込む。鞄を椅子の上に放り出し、ベッドに身を投げる。瞬間的に襲いかかる
『やっほー。元気かい? 私は超元気!』
次いで通知が更新される。
『明日は土曜日だし、翔琉くんは暇だよね?』
壁にかかるカレンダーを確認する。十二月のほとんどを空白が支配していて、明日もその例外ではなかった。
『僕は忙しいよ』
『じゃ、十二時に駅前ね! それじゃ、おやすみ!』
まるで意に介さない返答に、慌てて断りの文章を打ち始める。
休みの日まで彼女に引っ張りまわされるなんて、まっぴらごめんだ。
打ち込む途中で、彼女から追加でスタンプが送られてくる。デフォルメされた
何ともあほらしいスタンプに、僕は彼女と事を構えるのを諦めてスマホを閉じた。
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