ふもっふ ③

 クラス全員、頭の先から尻尾の先まで、まったく意味がわからなかった。


「つ、つまりこういうことなのです」


 さすがに瑞穂も言葉が足らなかったと思ったのか、順を追って説明した。

 灰原兄弟とWデートに到った経緯はリンダが話したとおりだが、


・Wデートの最中、自分は主に双子兄である道行くんとペアを組んだこと。

・しかし彼のことを誤解してしまい、徐々に不機嫌になってしまったこと。

・“Dungeon of Death” というヴァーチャル・ファンタジー・アトラクションに入場したときに、その不機嫌がピークになってしまったこと。

・以降、駅に着いてわかれるまで終始プンスカしてしまったこと。

・家に帰って冷静になり、自分が人として、とてもとても『ノーグット』な態度を取ってしまったことに思い到ったこと。

・後悔して、お詫びのLINEを送ろうかと悩んでいたこと。

・お母さん様が勝手にLINEを送信してしまったこと。


 ――などを懇切丁寧に説明した。


「まったくあの人は無茶なのです。無茶苦茶なのです。本当に困った人なのです」


 クチャクチャとした顔で、瑞穂が母親を評した。


「それで……結局、どうなったわけ?」


「もちろん即座にお詫びの電話を入れました」


「「「「「「「入れたんかい!」」」」」」」


「それはもちろんです」


 総ツッコミに、なぜか胸を張る瑞穂。

 どうやらこの枝葉瑞穂という少女は、それまでどんなにウジウジ悩んでいても、事態がある一線を越えた時点でが据わってしまうらしい。

 それは幼馴染みであるリンダや隼人にすら、意外な発見だった。

 これまで常に瑞穂を守ってきたふたりにとって、彼女はあくまで危なっかしい不思議ちゃんだったのだ。

 事態が一線を越える前に、いつもふたりが守ってきた。


「そ、そこまではわかったけどよ。それがなんでまた会うことになったんだ? 電話でちゃんと謝ったんだろ?」


 “気が気でない” という感じで、大門勇大が訊ねた。

 この大柄で心優しいラグビー部員は、瑞穂に淡い恋心を抱いている。


「もちろん謝りましたとも」


「ま、また会おうって言われたの?」


 と、これは安西 恋。

 食い入るように身を乗り出している。

 引っ込み思案で大人しい性格の反動で、恋愛には興味津々だった。


「いえ、ぜひぜひお会いしたいとしたのは、わたしの方です。あれだけの失礼を働いてしまったのに、電話だけで済ますなんて言語道断、人倫にもとる行為と言わざるを得ません」


 気張った顔でいったあと、瑞穂の顔がぐにゃぐにゃになった。


「やはり道行くんは素晴らしい人です。わたしを気遣って何度も何度も何度も『その必要はない』と言ってくれたのですが、最後は聞き届けてくれてたのですから。あんな良い人を誤解していたなんて、わたしは自分が恥ずかしいです」


 この時点でクラスの半数が馬鹿らしくなって散っていた。

 要するに枝葉瑞穂は昨日会ったばかりの他校の生徒が好きになってしまい、今必死にアプローチをしている最中なのだ。

 変わり者の瑞穂だけあって悪目立ちしているが、彼・彼女らの周りでは日常茶飯事の光景である。

 残ったのはそれでも興味を失わなかった者と、それぞれの感情から瑞穂を心配している人間だった。


「その灰原って奴は、信用できそうなのか?」


 同じ “島” ではなかったが、来栖くるす冬馬とうまが訊ねた。

 他の級友たちは、何事にも無関心を通す冬馬が残っていることを意外に思った。


「もちろんですとも。わたしはこれでも男の子を見る目には自信がありますから」


((((((((((……どういう根拠で言ってるんだ?))))))))))


「そして、そこで問題となったのが前述の服の件なのです。やはり遊びに行った服と同じではいけないと思ったのです。遊びとお詫びではお会いする目的がまったく違いますから」


「……それじゃ、いっそのこと喪服でも着てけば」


 リンダがすげなく言った。

 こうなることを狙って仕組んだWデートだったが、あまりにも上手く運びすぎ、なによりもこれまでライバルと思ってきた瑞穂のあまりの脳天気な姿に、毒気を抜かれてなってしまっていた。


「それも考えたのですが」


(……考えたのかよ……)


「ですがわたしたちの喪服となりますと、この制服になってしまいます。お休みの日に制服を着ていくのも変ではないでしょうか?」


「ま、まあ、それは変だな。葬式でもないのに坊主が袈裟を着ていくようなもんだ」


 実家が仏寺の早乙女月照がらしくも、どこかズレた反応を示した。


「そうですよね? そうなのです。やはり変なのです」


「はぁ~~~……いいわよ。またあたしが選んであげる。あんたが自分で選んだんじゃ、まとまる話もまとまらない」


 リンダが深々と嘆息しつつ、申し出た。

 当日瑞穂に奇天烈な恰好で行かれて、道行に退かれてしまっては元も子もない。

 隼人に想いを寄せる彼女としては、瑞穂と道行にまとまってもらわなければ困るのだ。


「本当ですか!? ありがとうございます、リンダ! あなたはやはりわたしの最高のトモダチです!」


(……トモダチってのいうのは、もう少し同じ目線で物事を見られる関係だよ)


 服の問題が落着すると、瑞穂はほとんど手を付けていなかった昼食を食べ始めた。

 パクパクパクパク、幸せそうに。


「うんうん、美味しい美味しい」


 やがてデザートのキウィまで綺麗に平らげると、瑞穂はランチボックスを洗いに席を立った。

 後に残された旧友たちは、なんとも微妙な表情で黙り込んでいる。

 沈黙を破ったのは、少し離れた席でスマホを弄っていた五代ごだい しのぶだった。


「……で、誰が尾行するんだ?」


「尾行って、後を付ける気なの!?」


 田宮佐那子が驚きの余り、頓狂な声をあげた。


「……別にしなけりゃしないでいいが、あの様子じゃ相手の男が少しでもその気になったら、ホテルなり男の部屋なりにホイホイ着いてっちまうぞ。俺はどっちでも構わないけどな」


 興味なさげに――実際、忍は興味がなかった。

 それでも冷静な忍は瑞穂に万が一のことがあって、結果としてクラスが動揺するのが嫌だった。

 彼は騒ついた空気が大嫌いだった。


「へっ! まさかあの枝葉瑞穂が色気づくなんてな!」


「枝葉さんが誰を好きになろうと自由でしょ! そういう言い方、最低!」


「そ、そうだよ!」


 江戸川えどがわ 蓮巳はすみの悪意のない毒舌は、佐那子と恋の猛烈な反感を買った。


「……へ、へっ」


「どういう奴なんだ?」


 ついに隼人がリンダに訊ねた。

 物静かだったが底堅い声音に、リンダの胸は痛んだ。


「別に……爽やかイケメンな弟とは似ても似つかない、冴えない男の子よ」


 例えるなら直立したグレートデン……とまでは、リンダは言わなかった。

 そこまで道行を貶めるのは、彼のことが好きな瑞穂を貶めるようであり、リンダのプライドが許さなかった。


「……ただ」


「……ただ?」


「瑞穂の琴線に触れられる、とても珍しい人だとは思う」


 押し黙った隼人を見て、次の日曜の予定は決まったな……とリンダは思った。



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