迷宮無頼漢たちの生命保険? ふもっふ
井上啓二
ふもっふ ①
前文。
相手は別の学校に通う同学年の、
リンダは会った早々に空高と意気投合し、あぶれた瑞穂と道行は仕方なくペアを組むことに。
人気のテーマパークに行き、流行のアトラクションを楽しみ、食事をし、おしゃべりをし、連絡先をおのおの交換して、瑞穂の初めてのWデートはつつがなく終了した。
……したはずだった。
◆◇◆
コンコン、
コンコン、
二度ノックしても返事がないので、母親は自室にいるはずの娘に声を掛けた。
「娘さん。娘さん。わたしの可愛い娘さん。そろそろお風呂に入りなさい」
やはり返事はない。
しかし部屋にいないわけでも、寝ているわけでもなかった。
なぜなら部屋の中から、
バタ……バタ……バタ……バタ……。
という、一人娘が悶々としているときにだけ発生する “音” が響いていたからだ。
「娘さん。娘さん。入りますよ?」
ガチャ、
いちおう許しを請うてから、母親はドアを開けた。
「入りましたよ、娘さん」
バタ……バタ……バタ……バタ……。
娘の瑞穂は、十畳の洋間の壁際に置かれたベッドにいた。
うつぶせになって大きめの枕に顔をうずめて、両足をバタバタさせている。
足の動きが酷く緩慢なことから、帰宅してからずっとこの調子だったことがうかがえる。
「どうしたのです、わたしの可愛い娘さん」
母親は訊ねた。
娘は今日Wデートとはいえ、人生初のデートを経験した。
幼馴染みの男の子以外と、初めて遊びに出かけたのだ。
もしかしたら嫌なことをされたのかとも思ったが、娘のこの仕草は自分を責めているときの反応だった。
「…………してしまいました」
少ししてから、枕の奥からくぐもった声がした。
「え?」
「…………失敗をしてしまいました」
「なにをです?」
「…………お母さん様。わたしは今日、あの人に酷い態度を取ってしまいました」
枕の奥から酷く落ち込んだ声で、娘が言った。
「どんな態度をとってしまったのです?」
「…………とても不機嫌な、失礼な態度です」
「なぜ、そのような態度をとってしまったのです?」
「…………わたしにとてもぶっきらぼうで、失礼な態度をとったからです」
「それならお互い様ではありませんか。失礼な人に不機嫌になってしまうのは、仕方のないことではないのですか?」
「…………そうではないのです。あの人はとっても良い人なのです。アトラクションの中でも、わたしを色々と助けてくれました。すべてはわたしの誤解だったのです」
「つまりあなたが失礼な態度をとってしまったのは、一見するとぶっきらぼうですが本当は優しい人――ということですか?」
「…………そういうことなのです」
バタ……バタ……バタ……バタ……。
再び元気なく動き出す娘の両足。
「ふむ」
母親はだいたいの事情を理解し、不器用な娘に同情した。
そして本人以上に、娘の状況を理解した。
どうやら可愛い娘は、初恋に目覚めたらしい。
「それなら話は早いではありませんか。その人にお詫びの連絡をすればよいのです」
娘の両足がまた止まる。
それから枕の下から怖ず怖ずと、スマートフォンが出てきた。
LINEが開かれていて、かしこまりにかしこまったお詫びの文章が綴られている。
相手の男の子は、灰原道行――くんというらしい。
アイコンがデフォルトのままなところから、性格が推して知れた。
自己顕示欲の強さを隠しているか、あるいはまったくないか。
おそらく後者だろう。
自己顕示欲が強いのであれば、ぶっきらぼうな態度をとったりしないからだ。
「少々堅苦しく古風ではありますが、気持ちが籠もったよい文章だと思いますよ? なぜ送信しないのですか?」
「…………きっと断られます」
娘のかしこまりにかしこまった古風なメッセージを要約すれば、
『ぜひぜひもう一度お会いして、お詫びがしたい』
というものだ。
“お詫び” よりも “会いたい” というところがより重要なのだろうが、恋に不慣れな愛娘は本気で謝るつもりのようで、その底にある感情には気づいていない。
「それはまあ、普通なら『そこまですることないですよ』で、笑って水に流されてしまうでしょうね」
「…………」
「それでは駄目なのですね、やっぱり」
「…………それではわたしの気が済みません」
「取りあえず送信してみてそれで許してもらえるようでしたら、新ためて誘えばよいではありませんか」
「…………理由がありません」
「え?」
「…………お誘いする大義名分がありません」
娘は顔面を枕に埋めたまま、頭上にスマホを掲げている。
まるでスマホに向かって祈りを捧げているようだ。
母親はベッドに近づくとスマホに手を伸ばし、“送信” をタップした。
ガバッ!
「ファアァァァアアアアーーーーーーーーーッッッツツツ!!!!!!!!!!」
娘の絶叫が響き渡る。
「お母さん様っ! あなたはいったいなんてことをしてくれたのですか!!!?」
枕に押さえつけていたため元々赤かった顔をさらに真っ赤にして、娘が母親に詰め寄る。
直後、まるで信号機のように真っ青になって、
「取り消し! 取り消し! 取り消し! ――ああ、取り消しっていったいどうすればよいのですか!?」
「娘さん。娘さん。取り乱しているわたしの可愛い娘さん。そんなあなたにこの言葉を贈りましょう――古人曰く『案ずるより産むが易し』」
慌てふためくまな愛娘とは対照的に、母親は泰然自若と言い放った。
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本編はこちら
『迷宮保険』
https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742
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迷宮保険、初のスピンオフ
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』
https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757
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迷宮無頼漢たちの生命保険
プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
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https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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