第37話 ララの資産運用

 ララが肩を竦めてみせる。


「だって、一番効率的な資産運用でしょ? 法には触れない程度の金利しかとってないし」


「合法の最大金利は20パーセント未満ですから、かなりの額ですよね」


 ララがしれっと言う。


「ええ、闇金とはいえ違法な行為はダメです。私たちは店舗を構えていないだけで、正統な金融業者として登録しています。他のところと違うのは、貸付金の回収が少々エグイのと、金利を先付けにしているところです」


 頭取がポンと手を叩いた。


「なるほど! 金利を先付けにして返済期間を設定すれば、かかっていく金利にも金利が付くということですか」


「そうです。そして毎月一定額の返済のみとし、その額はほぼ金利のみの額です。その上、少しでも元金が返済されると追加融資を持ちかけます。こうなるといつまで払っても元金は減りませんから、儲かるのです。もう笑いが止まりません」


 三人が悪い顔で嗤うララをジトっと見る。


「でも合法ですから」


 ララはどこまで行っても平常心だ。


「その罠にはめるということですか?」


 サムが聞くと、ララは首を横に振った。


「いいえ、これはあくまでも長いお付き合いをしたい方のみに適用しています。今回は個人を破産に追い込むのが目的ですから、この手は使いません」


 頭取が身を乗り出す。

 ララがニヤッと笑って説明を続けた。


「まずは、キャサリンさん名義で大金を貸します。返済はひと月後に設定し、それ以外は受けないと突っぱねます。ただし、ひと月後は金利のみの返済で良いと言えば納得するでしょう。元金とそれ以降の金利は半年後の一括返済とします。半年で持ち直せれば良いですが、さてどうでしょうねぇ……ふふふ」


 ティアナが聞く。


「個人のみ破産に追い込むということはグルー商会自体は残すのでしょう?」


「そうね、ここは残して従業員ごとオース商会で引き取りましょうか。私が言っても動かないから、ティアナからクレマンさんに言ってくれない?」


「良いわよ」


 サムが落ち着こうと紅茶に手を伸ばした。

 頭取が代わりに口を開く。


「ここを支店にするのですか?」


 ララが不思議そうな顔をする。


「支店にしてもしょうがないでしょう? 上位の商会が吸収合併するだけですよ。客層も被っているのですから、残しても意味は無いわ。でもここは場所も良いし、何か別の商売でも始めようかしら」


 サムが頷いた。


「確かにここは場所としては一等地です。オース商会と客層が被っているのも、あちらの商会の方が上客を掴んでいるのも、仰る通りです。もう何から何まで正論で驚いていますよ」


 頭取が聞く。


「ララ様が商売を?」


「う~ん。それも良いのですが、私はもうすぐ結婚して花屋の女房になる予定なんです。でも仕事は今まで通りティアナのお店の従業員を続けるから……誰にやらせようかしら。それとも居抜きで貸すとういうのもよいかな? どうする? ティアナ」


「まあそれはゆっくり考えるわ。で? それからどうするの?」


「返せない彼女がとる方法としては、私財の売却しかないでしょう? もちろん邸宅も店舗もすべて担保にはしてもらうけど、おそらくそれでも足りない……すると彼女はどうするでしょう?」


 サムがボソッと言った。


「逃げますね。間違いなく」


「そうです。それが狙い目です。しっかり逃げてもらいましょう。そして二度と帰ってこられないように指名手配もかけます。罪状は詐欺ですね。返すといって返せないのだから」


「エグイわ……」


「鬼ですね……」


「悪魔の所業ですな……」


 何事も無いようにララが言う。


「こんな感じでどうですか? 問題点があれば聞きます」


 三人は静かに首を横に振った。

 ララが続ける。


「そうなるとサムさんはどうしますか? 今更パン屋さんでも無いでしょう?」


「そうですね。私はこの商売が好きです。ですから……行商人から再出発でもしましょう」


「勿体ないし時間の無駄です。そのくらいなら私が雇います。これは決定事項です」


 ティアナが宣言するように言った。

 サムが目を丸くしている。

 ララが立ち上がりながら頭取の顔を見た。


「協力していただけますね?」


「もちろんです。本日すぐに動きましょう」


「よろしくお願いします。さあ、サムさん、行きましょう」


 サムが慌てる。


「え……どこにですか?」


「もちろんオース商会へですよ。クレマンさんに紹介します。私の知る限りあのおじさんほど人の力を見抜く人はいません。彼とは懇意にすべきです」


「は……はい、わかりました。すぐに参ります」


 ララが動かした花瓶と、絵にかけられたテーブルクロスを丁寧に戻すことも忘れない。

 四人は応接室を出た。


 おどおどするばかりの従業員たちを尻目に、四人は待たせていた馬車に乗り込んだ。

 

「このまま銀行に戻りましょう。クレマン様がお待ちですから」


 ティアナが言う。


「丁度良い機会だから、預金残高を調べてみようかしら」


「それがいいわ。自分の資産くらい把握しておきなさいね?」


 頭取もサムももう何も言わなかった。

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