第35話 罠2
サムがすぐに気付き頭を下げる。
「これは頭取。お久しぶりです」
頭取はサムの顔の顔を見てにこやかに会釈した。
「若旦那さん、相変わらずご苦労が絶えないようですな。こちらのお二人はご存じですか?」
「いえ、お会いしたことは無いと思うのですが……こちらのお嬢様方は? 頭取のご紹介ですか?」
「ええ、私の紹介ですよ」
そう言うと店員に顔を向け、厳しい口調で言った。
「どうやら私の紹介では不足のようですね。残念です」
店員は青い顔をして後退る。
「いえ……帝国銀行頭取の紹介とは一言も……」
サムが鋭い口調で言った。
「どなたの紹介かは関係ないでしょう?」
「でもそんな身なりの貧しそうな女が……まさか……」
ララがお道化たように言う。
「あら、ドレスを着ていないと相手にして戴けないようよ? 着替えてくる? ティアナ」
ティアナが自分の身なりを見下ろしながら答えた。
「そうね、家事のついでに寄ったのがいけなかったのかしら。でも着替えてまで出直すのは面倒だわ」
「身なりで判断するなどとんでもないことでございます。この者には後でしっかりと言い聞かせますので。申し訳ございませんでした」
サムが深々と頭を下げた。
「少しお話しできますかな? このお二人も改めてご紹介したい。それと君、有言実行は商売人の基本のキだ。若奥様に事の顛末を報告してきなさい。すぐにだ!」
頭取がはっきりと言った。
サムが店員に頷いて見せる。
店員は首を横に振った。
「若奥様は……お出かけですので……」
サムが大きなため息を吐いた。
「またかい? いつ帰るんだ?」
「夕方と伺っています」
サムが頭取に向き直った。
「申し訳ございません。副会頭は他行中のようですので、私が責任をもって報告いたします。お部屋を用意いたしますので少々お待ちください」
サムは後ろで顔色を悪くしていた別のスタッフに申しつけ、応接ルームに案内させた。
しばらくするとお茶とお菓子が運ばれてくる。
ララは部屋の調度品などを見ている。
店員が退出すると、ララは鞄からメモとペンを取り出した。
『この部屋にある覗き穴の位置はご存じですか?』
さらさらと書いたメモをテーブルに乗せた。
一読したサムが首を横に振る。
『潰していいですか? 現在二名が覗いています』
サムが大きな溜息を吐いた。
「どうぞご自由になさってください」
にっこりとして立ち上がったララが声を出した。
「ねえサムさん。この花瓶はどのくらいの価値のあるものなの?」
「そちらは隣国の王女が寝室に飾っていた花瓶だと聞いています。価値は……そうですねえ、100万ほどでしょうか」
ララがその花瓶を手に取った。
「意外と重いのね。その由緒で100万なら良心的なお値段ね」
持ち上げた花瓶を先ほどとは違う位置に置きなおす。
「これは?」
壁にかかっている絵画を指さした。
「こちらはどうでしょうか……私がここに来る前からずっと飾られています。商会長が気に入っているらしいのですが」
「額が面白いわ。外して見せていただける?」
サムが頷いて立ち上がると、壁の向こうで何かが倒れる音がした。
ララがフッと息を吐く。
「もういいわ、外すのも大変そうだし」
サムが頷いて飾り棚に敷かれていたテーブルクロスを剝ぎ取って、絵画にかけた。
「これでいいですか?」
「ええ、結構よ」
改めてソファーに座り、ティーテーブルを囲んだ。
「頭取さん、ご足労戴いて申し訳ありませんでしたわ」
ティアナがそう言うと、頭取が小さく頭を下げた。
「とんでもございません。少し遅かったようでご不快な思いをなさった事でしょう。申しわかりませんでした。オース商会の支店長から連絡を受けて、すぐに向かったのですが」
ララが言う。
「いいえ、むしろベストタイミングだったわ」
ティアナがサムの顔を正面から見た。
「サムさん、私たちはトマスさんに紹介してもらって来たの。私はティアナ、こちらはララよ。市場通りで食堂を二人でやっているのよ。シェリーさんのパンを仕入れているわ」
サムが驚いた顔をした。
「トマスの……そうですか。ではいろいろ事情はご存じということですね。シェリーのパンを使っていただけているとは……どうもありがとうございます。今後とも二人をよろしくお願いします。私は……もう何もできない……」
悔しそうな顔で掌を握るサム。
「何もできないと諦めるならそれも良いでしょう。でもどうにかしようという気持ちがあるなら、私たちは手伝うことができますよ? それにあなたがシェリーさんを守ってくれないと、私の親友が幸せになれそうにないのよ」
サムが不思議そうな顔をした。
頭取がララの顔を見て、お伺いを立てるような顔をした。
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