第30話 ララの苦言
「おはようティアナ。今日のパンはクルミだってさ」
キッチンでお湯を沸かしていたティアナがトマスの声に肩を揺らした。
「ん? どうした? 熱でもあるんじゃないか?」
テーブルに持ってきたパンを置いてトマスがティアナに近寄った。
「大丈夫よ、熱じゃないから」
「でもお前……」
トマスが伸ばしかけた手を止めた。
「本当に大丈夫だから」
ティアナの声に傷ついた顔をするトマス。
「なあ、お前が僕を避けてるのはわかってるけどさ。そんなに嫌なら、もうパンを持ってくるのも僕じゃない方が良いのかな」
ティアナが慌てて顔を上げた。
「そんなこと無いよ。私だって毎朝……トマスの顔……見れて嬉しいよ?」
「じゃあなんでそんなに全力で拒否るんだよ」
「それは……」
「ずっと避けてるだろ? 祭りの時からずっとだ」
「避けてなんて……」
気まずい沈黙が流れる。
「あの男のせいか? あ……いや、何でもない。じゃあもう行くよ。今日もガンバレよ」
トマスが静かに扉を開けた。
「トマス!」
急いで振り向くトマスが見たのは、真っ赤な顔をしたティアナだった。
「なあ、お前やっぱりどこか悪いんじゃないか? 絶対に熱があるって。ララは? ララに準備してもらって病院に行こう。僕が連れて行くから」
「病気じゃない! 病気じゃないから」
トマスが目を伏せたとき、二階からララが降りてきた。
「おはようトマス。ティアナなら大丈夫よ。病気じゃないけど、朝はいつもそんな感じよ。病んではないけど煩ってんのよ」
「なんだ? それ」
「無理はさせないから大丈夫。もしよかったらランチに来ない? 今日はティアナがミートパイを焼くって張り切ってたよ」
トマスの顔がパッと明るくなった。
「え? ミートパイ? それってもしかしてビーフ? それともチキンかな」
「さあ? 来てみて食べればわかるわよ」
「うん、じゃあ後で顔出すよ。ちょっとずらしてお客が空いた頃を狙うから」
「もしよかったら、もう少し我慢してウィスと一緒に来て。ちょっと話もあるし」
「わかった。じゃあウィスを誘ってくるよ」
ララが来たことで安心したトマスが仕事に向かった。
二人の会話に入れず、黙っていたティアナに向かってララが言った。
「ねえ、私が今日何を食べたいかわかる?」
「え?」
「ここに10万あるわ。全部使っても良いから、今日私が食べたいものを作ってよ。そう言ったらティアナならどうする?」
「そうね……あなたが喜んで食べていた料理を思い出して作るかな。10万もあるなら相当な種類が作れるし」
「そうよね、あなたってそういうタイプよね」
「え? 違うの?」
「もっと簡単な方法があるわ。しかも絶対に間違えないし、経費も最小限に押さえることが出来る」
「どうやるの?」
ララがティアナの目を覗き込む。
「今日は何が食べたいかって本人に聞くのよ」
「なんだ、そんな答えでいいの?」
「あなたは難しく考え過ぎなのよ。私は聞いてはいけないなって一言も言ってないわ。勝手に妄想して、それを正解だと思い込んで、失恋のシミュレーションまでしてさあ。その仮想の結果に落ち込んで、もっと悪い方ばかり考えて。何やってんの? あの行動力のあるティアナは何処に行ったの? 私たちには自由も健康もお金もあるの。何が怖いの?」
「だって……シェリーさんがいるもん」
「それは違うって話したよね?」
「怖いじゃん」
「何が?」
「……」
ララが溜息を吐く。
「もしあなたが信じようとしている事が本当なら、トマスは酷い奴ってことよね? でも私が言った事が本当なら、トマスは自分の評判を犠牲にしてまで、幼馴染を守ろうとしている良い奴ってことよ? 真反対じゃないの。だから聞けばいいの。どっちが本当なのって」
「私が聞くの?」
「そうよ。あなたの妄想と私の情報のどっちが本当か、本人に聞くの。それが一番正確で、一番早道よ」
「そう……よね……勝手に酷い奴にしちゃいけないよね」
「トマスが可哀そうよ? それでなくてもこのところキースの出現でやきもきしてるんだから」
「キースの? なんで?」
「さあ? 良いから早くミートパイ焼いちゃいなさいよ。どうせトマスの好きなビーフなんでしょ?」
ティアナが再び真っ赤な顔で俯いた。
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