第22話 ウィスの過去

 ほぼ無理やり食堂のスタッフになったララは、自己申告の通り本当によく働く。

 ティアナが朝食を準備している間に、ちゃっちゃと掃除を済ませるララ。

 客あしらいも上手く、ティアナの料理と同じくらいララの笑顔がお客を呼んでいた。

 ランチタイムを終え、いつものようにウィスが顔を出す。


「お疲れさん。今日も忙しそうだったねぇ」


「あらウィス。今日は少し遅いのね。もう先に食べちゃおうかって言ってたところよ」


 同じ年だと分かってから、ララもウィスも遠慮がなくなっていた。


「うん、今日は教会のバザーがあったから手伝いに行ってたんだよ。あちらでも炊き出しをしてたけど、こっちの方が旨いから戻ってきた」


「教会の手伝い? 意外と殊勝なことをするのねぇ」


「まあね、どう? 今度一緒に行ってみない? あそこの牧師は古い知り合いなんだ。僕がここに住み始めたのも彼の紹介さ」


 初めて聞く話にティアナが調理の手を止めた。


「ウィスって元々ここの人じゃないの?」


「うん違うよ。僕がここに住み始めたのは5年前さ。それで花屋を始めたんだ」


 ララがチラッとティアナを見てからウィスに話しかける。


「なぜ辞めたの? 騎士だったのでしょ?」


 ウィスが目を丸くする。


「良く分かったねぇ。僕はトール辺境伯家の三男だった。騎士ではないけれど騎士と同じ訓練は受けていたから、まあ……そうだね。騎士みたいなもんだね」


 あっさりと認めたウィスが、自分の過去を話し始めた。

 ウィスの実家であるトール辺境伯家では少し変わった後継者選びをする伝統があった。

 当主が代わると同時に前辺境伯と妻たちは別邸に移り、新しい当主は妻帯とほぼ同時に数人の妾も娶る。

 妻妾同居は当たり前で、承継から5年の間に生まれた男児だけが次代の継承権を持つ。

 産んだ女の身分などは関係なく、とにかく優秀な者が次の辺境伯となる。


「僕の時は長男と次男が同じ年で、ひとつ下に僕がいて、その下に二人弟がいたよ。結局男児は5人だけだったから、この5人が継承権を賭けて争うわけさ。姉や妹もいたけれど女性には権利がないからね。楽しく遊び暮らしていてね。とても羨ましかった」


「なんだかどこかで聞いたような話ね」


 ララの声にティアナが頷く。


「王家の話と似てるよね。この国の伝統なのかしら」


「クズね」


「そうね、クズだわ」


 女性二人が顔を顰めるのを困った顔で見ていたウィスが続ける。


「兄弟の仲は悪くは無かったんだよ。まあそういうところも採点基準になるから表面上だけかもしれないけど、少なくとも僕は兄達も弟達も好きだった。特に仲が良かったのは次兄でね、彼はとても頭が良くて、いろいろな話を聞くのが楽しかった」


 ララがお代わりのフィッシュフライをティアナに要求しながら、話を促した。

 ウィスも3個目のパンに手を伸ばしながら話し続ける。


「でも次兄は剣の腕がイマイチだったんだよね。なんと言うか打ち込むのも受けるのも、最終的には本能的なんだ。そこに訓練と実戦経験が加わった結果、剣技は上達する。でも彼は体が動く前に脳が動く。だから対応が一歩遅れる。これは致命的な欠点だよ」


 ララがタルタルソースを揚げたてのフライにたっぷり掛けながら頷いた。


「ああ、それはダメね。死ぬわ」


「そうなんだ。だから死んじゃったんだよ。訓練中に」


 ティアナが息をのんだ。


「え? 訓練中に? 死ぬってことあるの?」


「そりゃあるでしょうよ。そのくらいやらないと強くはなれないもん」


 ララはさぞ当たり前のように言う。

 ウィスが続けた。


「次兄の頭に訓練剣を打ち込んだのは父だよ。彼は15才になったばかりの息子に、渾身の力で木剣を振り降ろしたのさ。僕を含めた残りの4人は目の前でその光景を見た。次は自分だと思って震えたよ」


 一気に食欲が失せたティアナの前で、むしゃむしゃと食事を続ける二人。


「それから数日後、一番下の弟が逃げ出した。そしてその次の日には……長兄が首を吊ったんだ。これはさすがにショックだった。なんだかんだ言っても彼が継ぐと思っていたから」


 ララがごくんと最後のフィッシュフライを飲み込んだ。


「そしてウィスがここにいるということは、弟さんが一人だけ残ったのね?」


「そうだ。僕は彼に殺されそうになって逃げたから」


「決闘でも申し込まれたの?」


「それなら喜んで受けたさ。でもあいつが選んだ手段は毒だった。そして僕の母親がそれを飲んで死んだ。もう全部が嫌になって、訓練遠征の途中で姿を消したのさ。そしてこの街にやってきた」


 ララがチラッとウィスを見た。


「牧師さんは、一番下の弟さん?」


 ウィスが肩を竦めた。


「ララにはかなわないね。その通りだよ」


 途中からショックのあまり話についていけなくなっていたティアナだったが、その新事実に言葉を失った。


「なんて言っていいのかわからないけど……壮絶ねぇ」


 ティアナの言葉にララが顔を向けた。


「あなたもなかなかだと思うけど? そういう意味だと私が一番普通ね」

 ウィスがララに聞く。


「普通? 君の戦闘能力は半端ないと見てるんだが」


 ララが小首を傾げる。


「戦闘能力については否定しないわ。それなりに自負もあるし。でも私の過去なんて良くある話よ? 孤児を引き取って訓練して、金持ちに高値で売る。そんな奴が育ての親よ」


 ウィスとティアナが顔を見合わせた。


「ララはここでウェイトレスしてるより、誰かの護衛になった方が稼げるんじゃない?」


 ウィスの言葉にララは鼻で笑った。


「それはあなたも同じでしょう? でも私はここが気に入っているし、物凄くお金持ちだから稼ぐ必要が無いのよ」


 事情を知っているティアナとは違い、ウィスはその言葉を冗談だと受け取ったようだ。


「ははは! 物凄い金持ちかぁ、羨ましいねぇ」


「そうでしょ? ウィスはもう少し私を崇め奉った方が良いと思うわよ?」


 ララは冗談とも本気ともわからない言葉を返した。

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