第17話 商店街の人たち2

 トマスが続ける。


「それで? さっきいたのはケント? 家具でもオーダーするの?」


「ええ……ケントさんをご存じなのですか?」


「ここの商店街はみんな家族みたいなもんさ。市場って言われているけれど、それは昔の町名が残っているだけで、もうずっと前に市場は移転したんだよ。それでもここに残って頑張ってきた連中だからね。互いに協力してやってきたのさ」


「そうなんですか」


 気まずい沈黙が流れた。

 トマスが口を開く。


「僕ってさぁ、無神経らしくてね。何か気に障るようなことをしちゃったのかもしれないけど、悪気は無いんだよ。もしそうなら、ごめんね?」


「そんなこと! お昼から約束があったのを思い出して……急いで帰っただけですから」


「ああ、そうか。ケントなら待たせておけば良いんだよ。なんだ、そうかぁ。心配しちゃった。帰ったらシェリーにも言っておかなくちゃ」


「あの……トマスさんはシェリーさんと……」


「うん、一緒に住んでるよ。母親も一緒だから三人暮らしだね」


「そうなんですね」


 言葉に詰まるティアナ。

 その時ドアのカウベルが鳴った。


「ティアナちゃん、ケントは? もう帰っちゃった?」


 隣のルイザだ。

 ティアナは救われた様にホッと息を吐いた。


「ルイザさん。今日はありがとうございました。お陰様で良い話になりそうです」


「そりゃよかったよ。もし高いこと言って来たら私に言うんだよ? 値切り倒してやる」


「そりゃケントが気の毒だな」


 トマスが話に入ってきた。


「なんだ、トマスじゃないか。サボってんの?」


「違うよ。ティアナちゃんにパン屋を紹介してくれって言われたから、シェリーを紹介したんだ」


「ああ、シェリーのパンなら間違いないさ。あの子の焼くパンはおいしいからね」


 ティアナが返事をする。


「ええ、お店を始めたら自分で焼くよりシェリーさんのところから仕入れようと思って」


「そりゃ賢明だ。一人でやるなら尚更だよ」


 トマスが手を振って帰っていった。

 ルイザも一緒に出て行く。

 ティアナは急に孤独を感じた。


「だめだめ! 弱気は禁物よ。ああ、そうだわ。サマンサ様にお手紙を書かなくちゃ。きっと心配して下さっているわね」


 ティアナは気を取り直して鞄を持って店を出た。

 確か花屋さんの近くに文具屋さんがあったはずだ。

 何度か通る内に顔を覚えてくれたのか、新参者のティアナにも声がかかる。

 それに笑顔で応えながら歩いていると、後ろから名前を呼ぶ声が聞こえた。


「ねえねえ、君は昨日来た子だよね? どこ行くの?」


 振り返ると目印にしていた花屋の青年だった。


「あら、お花屋さん。ごきげんよう」


「ああ、ごきげんよう。今日はどちらへお出かけですか?」


 お道化て騎士のようなお辞儀をした。

 ティアナもスカートを少しつまみ上げて、右足を後ろに引いた。


「あれ? 君は……ちゃんとした教育を受けているんだね。久しぶりに見せて貰ったよ」


「あ兄さんこそ素敵なお辞儀で感心したわ」


「ははは! そう? 嬉しいな。それで? どこまで行くの? この先の教会より北へは一人で行っちゃだめだよ?」


「うん、今日は文具屋さんへ行くのよ。便箋を買いたいの」


「じゃあ同じ方向だ。レディ、よろしければエスコートの栄誉を」


 つけていたエプロンでごしごしと拭いた手を差し出され、ティアナはニコッと笑った。


「よろしくお願いしますわ」


 差し出された手に指先を預け歩き出す。


「君は本当に平民? とても仕草が優雅だね。僕はウィスって言うんだけど君は?」


「私はティアナよ。よろしくね、ウィスさん」


「こちらこそ。そうだ、買い物が終わったら店に寄ってよ。渡したいものがあるから」


 文具屋の前まで送ったウィスがそう言って戻って行く。

 ティアナは首を傾げながら、文具屋へ入っていった。

 便箋と封筒、そしてきれいな柄のペンを購入し、ウィスの店に行く。


「いらっしゃい。待ってたよ。あい、これ。お近づきの印だ」


 差し出されたのは色とりどりの小花がアレンジされた花束だ。


「まあ! 素敵。頂いても良いの?」


「もちろん。君をイメージして作ったんだ」


「ありがとう、ウィスさん。お店を始めたらこんな花束をいつも飾っておきたいわ」


「おっ! 嬉しいねぇ。君の店を飾る手伝いができるなんて光栄だ」


 さっきまでの沈んだ気持ちがきれいに流されていく。

 ウィスに手を振って、ティアナはウキウキしながら店に戻った。


 サマンサへの手紙には、無事に到着したことやサミュエル様にお世話になったこと、そして如何に自分が世間知らだったかを書き連ねた。


「明日の朝にでも投函してこよう」


 ティアナは自分だけのために紅茶を淹れて、たっぷりのミルクと一緒にシェリーの店で買ったパンを食べた。

 シェリーのパンはルイザがいう通り、とてもおいしい。


「きっと初めての自由に浮かれただけよ。これはきっと恋じゃない」


 そう自分に言い聞かせてベッドに潜り込んだ。

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