第12話 初めての街歩き
サミュエルがティアナの耳に唇を近づける。
「きっと私の愛人か何かだと思ってるんじゃない?」
ティアナは真っ赤な顔をして目を見開き、組んでいる腕を離そうとすると、逆にギュッと握られた。
「思わせておけばいいんだよ。後でもっと驚くさ」
悪戯っぽい笑顔を向けるサミュエル。
そしてすぐに支配人がやってきた。
「ようこそおいで下さいました。商会長はいつこちらに?」
お茶の準備を命じながら、ソファーを進める支配人はロン・スミスと名乗った。
「うん、久しぶりに支店の様子を見に来たんだよ。それと今日は支配人に紹介しようと思って、新しい妹を連れてきた。さあティアナ、ご挨拶なさい」
「はい、お兄様。私はティアナ・オースと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
ティアナはソファーから立ち上がり、丁寧なお辞儀をした。
支店長も慌てて立ち上がる。
「えっ! えっ! 商会長? 新しい妹君と仰いましたか?」
「そうだよ。我が家の秘蔵っ子だ。庶子という立場だけれど、家族全員で彼女を歓迎しているから、そこは誤解しないで欲しい。ああ、ティアナはこの国に住んでいるんだよ。だからこれから世話になるかもしれないと思って連れてきたんだ。この銀行には、すでに口座と貸金庫を契約しているはずだけど?」
支店長が飛び上がった。
「左様でございましたか。申し訳ございません、すぐに確認いたします」
「うん、よろしく頼むね。それとティアナは預けたいものがあるんだろう?」
「ええ、ここに持ってきました」
ティアナはエクス邸から持ってきた宝石類と、ララに貰った金貨の袋を取り出した。
支配人が目を見張った。
「金貨は預金されますか? それとも貸金庫に?」
ティアナがサミュエルの顔を見た。
「預金にしておけば利息はつくけれど、それは今入っている額で十分だ。それは両方とも貸金庫に入れておきなさい。その方が気軽に取り出せるからね」
「はい、お兄様。ではそのように」
すでに入っている額という言葉に疑問を感じたが、口座を開設するときにはいくらかの預金をする必要があると聞いたことがある。
きっとそのことだと思って追及はしなかった。
支店長が係員を呼び、ティアナを貸金庫に案内させる。
使い方がわかれば、次回からは直接貸金庫室に行けば良いらしい。
豪華な彫刻のある盆に、宝石と革袋を乗せて係員が歩いていく。
その後ろにティアナが続き、ティアナの後ろには銀行お抱えの護衛騎士が続いた。
暗証番号を書くと貸金庫の鍵が渡され、室内に入れるシステムのようだ。
持ってきた宝石と革袋を入れ、扉を教えてもらった通りカチッと閉めて部屋に戻る。
「終わりました」
支配人が立ち上がった。
「お疲れさまでした。こちらの貸金庫はいつでもご利用いただけます。念のためですが」
「何でしょう?」
「暗証番号はお忘れにならないようにして下さい。どこかにメモをしておくのはお勧めしません。何があるかわからないですからね」
「ご親切にありがとうございます」
サミュエルがソファーから立ち上がり声を掛けた。
「終わったかい? やってみれば簡単だろう?」
「はい、何とか無事に終わりました。でもとても緊張しました」
「初めてだもの、それはそうだろうね。あの貸金庫はこの銀行が火事になっても無事なのだそうだよ。あそこに入れたものは好きなように使いなさい。何でも買っていいんだよ」
ティアナは肩を竦める。
「ありがとうございます」
二人は銀行を出て、サミュエルお勧めのレストランへ向かった。
ティアナは自分の服装を気にしていたが、サミュエルが案内したレストランはとてもカジュアルで、客の半分は平民のようだ。
「入りやすいお店ですね」
「うん、ここは普通の食堂より少し高級だけど気取ってないだろう? 市井の人達が記念日とかそういう時に使うには良い店なんだよ」
案内された席は、オープンテラスにあり、テーブルも椅子も大き目でゆったり座れる。
「お勧めはトマトシチューだ。サラダとミニグラタンとパンのセットがお得だよ」
「私はそれにします」
サミュエルは頷いて、同じものを二つ注文した。
食事を進めながらサミュエルが聞く。
「ティアナはどんなお店にするつもり?」
「私の料理は全て母から仕込まれたもので、普通の家庭料理です。このお店のような素敵な盛り付けもできませんし、毎日食べに来れる安くておいしい店を目指そうかと思います」
「なるほど、それもいいね。まあ自由にやると良いさ。楽しくなくては仕事は続かない」
「はい。でもここはとても参考になりました。ありがとうございます」
ティアナはしっかりデザートまで完食した。
家まで送ってくれたサミュエルが、お辞儀をするティアナに声を掛ける。
「こちらに来たらまた顔を見せるよ。焦らずゆっくり始めてごらん」
「はい、ありがとうございました。サマンサ様やマリアーナ様によろしくお伝えください」
大きく頷いてサミュエルは帰っていった。
ふと見ると、王城の空が夕焼けに染まっている。
あの森の向こうに暮らしていたことが噓のようだ。
「まずはメニューを考えないとね。そのためにはいろいろなお店を見て回らないと」
ベッドには新しいリネンと数枚の夜着が畳んで置いてある。
どこまでも細やかな気遣いに心が潤ってくる。
ここまで大切に扱われた経験の無いティアナは、感動してなかなか寝付けなかった。
そしてあくる日、朝早くから賑わる店前の通りを窓から見下ろしてみた。
「もうこんなに人がいるのね。だったら朝ごはんも良いかも」
さっと身支度を整え、お金を入れた鞄を斜め掛けにする。
歩きやすい靴を選んで店のドアを開いた。
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