第6話 これはチャンスかも

 コホンとひとつ咳払いをしたマリアーナ。


「え……ええ……その件よ。絶対に内密にしてほしいの。実はね、私に縁談が来ているの。この国の王女はそのために生かされているといっても過言では無いでしょう? 断れるはずなどないわ。でも私は……」


「ロレンソ卿が好きなのね」


 両手で顔を隠して小さく頷くマリアーナ。


「初恋なの」


 ティナリアは急にマリアーナを愛しく感じた。


「断れないのはなぜ?」


「王様を怒らせたら母の実家が潰されてしまうわ。母も実家のために涙を吞んで嫁いできたのだもの。その覚悟を無下にはできない。でも……」


「辛いわね」


 二人はしんみりとしてしまった。


「顔合わせとかあるんでしょう? いつなのかしら」


「無いわ。日取りが決まったらお迎えの馬車に乗って連れて行かれるだけよ。私は19番目の王女だから、次の次はあなたの番よ」


 ティナリアはグッと息を吞んだ。


「どんな方なの? お相手のことは知っているのでしょう?」


「この国の元侯爵様でランドル・エクス様と言う方よ。今は息子さんに爵位を譲られて、御領地でのんびり暮らしていると聞いているわ。侯爵家もそうだけど、ご本人自身もかなりの資産家で、私が嫁げばかなりの額が王家に支払われるらしいわ。でもね、その方はご高齢で……私で三人目の妻なのですって」


「三人目?」


「ええ、前のお二方はすでに亡くなっていて、老後のお話し相手として結婚を申し込まれたのだと聞いているわ」


「最低ね……」


 マリアーナが泣き出した。


「私は……ロレンソが好き。ロレンソも私を愛していると言ってくれたわ。だから……死別して戻って来るまで待っていて欲しいって……あの時……」


「お母様はなんと仰っているの?」


「母は逃げなさいと言ってくれたわ。でもそんなことはできない! そんなことをしたら母がどこかに売られてしまう。最悪処刑されるかもしれないわ」


「そんな!」


 こんなに可憐で優しい美少女が、どこぞのヒヒおやじに金で買われていくのかと思うと、やりきれない気持ちになった。

 しかし、明日は我が身である。

 そろそろ順番が回ってきても不思議ではない。

 その時自分に愛する人がいたら、どんな気持ちになるのだろう……

 ティナリアはマリアーナの肩を抱いた。


「ねえ、お姉さま。私と入れ替わりましょう。どうせお相手はマリアーナ様の顔も知らないのでしょう? 知っていたとしても誤魔化せるわ。だからお姉さまの代わりに私がそこに行きます。そしてお姉さまは私になり替わって下さい。婚礼が終わったら私は死んだということにして、ロレンソ卿と逃げるの」


「そんな! それはダメよ! あなたを犠牲にするなんて!」


「犠牲ではありません。私はお姉さまと違って母親が平民です。きっともっと条件の悪いところへ行かされるでしょう。最悪酷い暴力を受けて殺されてしまうかもしれません」


「まさか……」


「いいえ、あり得ます。私の母は重い病に罹っても薬草ひとつも送られて来ないような立場です。そして亡くなった今は食材さえ届かない状態なのですから推して知るべしですわ」


「ティナリア……ああ……可哀そうな子」


「でしょう? だからそういう条件でも私にとってはありがたいのです」


「でも……」


 ティナリアがマリアーナの肩を揺する。


「サマンサ様に相談しましょう。どちらにせよ私たちだけでは無理ですから」


 マリアーナは何も言わず俯いてしまった。

 ティナリアがドアを開けてメイドを呼ぶ。


「申し訳ないのだけれど、側妃様にすぐお会いできないかご都合を伺って来てほしいの」


「畏まりました」


 ロレンソは泣いているマリアーナを気にしておろおろと部屋を覗いている。


「ねえロレンソ卿、部屋に入って下さる?」


 遠慮がちに入室するロレンソ。


「ロレンソ!」


「マリアーナ様!」


 ロレンソがマリアーナに駆け寄り、あたふたと涙を拭った。

 すぐにドアがノックされ、メイドが入って来る。


「これからでも構わないということです。私室でお待ちです」


「わかりました。ありがとう」


 ティナリアは振り返ってマリアーナとロレンソに声を掛けた。


「行きましょうお姉さま。ロレンソ卿、申し訳ないけれど私を運んでくださる?」


 実はもう歩いてもぜんぜん痛みは無かったが、もう二度と味わえないであろうお姫様抱っこを所望した。


「失礼いたします」


 マリアーナを立たせてメイドに委ねたロレンソがティナリアを抱き上げる。


(はぁぁぁ……幸せ)


 冥途の土産とばかりに、ロレンソの首に手をまわしてみるティナリアだった。

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