第49話 四阿

「アリス様、ご無事で何よりです。私が付いていながらまたもアリス様が攫われるなんて…」


 私を抱きしめ返してくれるセアラにようやくホッと息をつく。


「心配をかけてごめんなさい。だけど決してセアラのせいではないから辞めるなんて言わないでね」


 私が先回りして釘を差すとセアラの身体がピクリと反応する。


 …やっぱり責任を取って辞めると言うつもりだったのね。


 ふう、危ない危ない。


 お父様に余計な事を言われる前に阻止出来て良かったわ。


 私は抱きついていたセアラから身体を離すとニコリと笑いかけた。


「ここにいるとお兄様の仕事の邪魔になりそうだから部屋に戻りましょう」


 途端にお兄様が書類の山から顔を出した。


「アリス、どこへ行くんだ? 私の仕事ぶりを見ていてくれないのか?」


 …十分見せてもらったと思うんだけどな…


「お兄様の仕事ぶりを見ていたいのは山々ですが、お邪魔になっても申し訳ないのでこれで失礼しますわ」


 ニコリと笑ってお兄様の止めるのも聞かずに執務室を後にした。


 扉の向こうでお兄様と文官のやり取りが聞こえるけれど、気付かないふりをして廊下を歩いて行くとエイブラムさんに出会った。


 どうやらエイブラムさんも転移陣を使って戻って来たようだ。


 お父様に報告をしに行くのだろうけれど、生憎お父様は会議で宰相に連れて行かれて執務室にはいない。


「アリス様、せっかくですからエイブラム様と一緒にお茶でもどうですか?」

 

 セアラがエイブラムさんと私を庭園にある四阿へといざなった。


 勿論、私に異論は無いし、エイブラムさんもお父様の会議が終わるまでならばと承知してくれた。


 お父様、ずっと会議をしていていいわよ。


 エイブラムさんにエスコートされて庭園の中にある四阿へと足を運ぶ。


「先程はお見苦しいものを見せてしまいました。ご気分はいかがですか?」 


 エイブラムさんは私の目の前でサイラスを斬り捨てた事を謝ってくれるけれど、あれは罪を冒したサイラスが悪いのだから仕方がない事だと思うわ。


「私は大丈夫です。エイブラム様には助けていただいてばかりですわね」


 初めて会った時も私を襲ってきた男達を斬って助けてくれたものね。


 二人で仲睦まじくおしゃべりをしていると、向こうから近付いて来る人達がいた。


 その先頭にいるのはお父様で、横にいる宰相が申し訳無さそうな顔を私に向けている。


 …もう会議が終わっちゃったのね…


「アリス、ここにいたのかい? …私にもお茶を淹れてくれ」


 お父様が私とエイブラムさんの間に座り、セアラにお茶を頼んでいる。


「かしこまりました」 


 セアラが一礼して下がると、お父様の前にお茶のカップを置いた。


「ああ、ありがとう。…うん、セアラが淹れるお茶は美味いな」


「ありがとうございます、陛下」 


 セアラがポッと頬を染めてお父様にお礼を言っている。


 …あら?


 …もしかして…


 セアラとお父様の間に微妙な空気を感じ取ったのよね。


 それにセアラはお父様の姿を見て凄く嬉しそうな顔をしていたし、お父様もセアラに対して態度が柔らかいしね。


 大体、二度も目の前で娘を攫われているのに、セアラを罰していないのも不自然なのよね。


 普通だったら有無を言わさずに拘束されてもおかしくはないと思うのよね。


 ここは娘としてお父様の後押しをするべきよね。


 決して私とエイブラムさんの邪魔をさせないためじゃないわよ。


「ねぇ、お父様。私、お願いがあるのだけれど、聞いてもらえるかしら?」


 ニッコリとお父様に笑いかけると、お父様は目を細めて頷いた。


「おお、アリス。私に出来る事ならば何でもしてやるぞ。たとえ出来なくても何とかしてやってみせるよ」


 お父様、男に二言はありませんよね。


「私、お父様にセアラと結婚していただきたいの、いいでしょう?」


 ブッ!!


 お父様!


 飲んでいたお茶を吹き出すのはやめてちょうだい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る