第12話 朝食

 鳥のさえずりが聞こえて目を開けたが、ほの明るい中で見覚えのない天井が目に入って飛び起きた。


 そこは豪華な掛け布団がかけられ四方は幕で覆われている天蓋付きのベッドの上だった。


 自分で幕を下ろした覚えはないから、私が寝た後で誰かが下ろしてくれたのだろう。


 翌朝、目が覚めたら元の世界に…


 なんて淡い期待を抱いていたが、現実は甘くないようだ。


「アリス様、お目覚めですか? 幕を開けても宜しいでしょうか?」


 私が起きた事がわかったようで、幕越しに声がかかる。


「あ、お願いします」


 サッと幕が開けられて朝の光がベッドに降り注ぐ。


 昨日の夜、この部屋に入って来た時には気付かなかったけれど、窓の向こうに木が植えてあり、時折鳥が飛び交っているのが見えた。


 敷地内にこんな林があるなんて、どれだけこの屋敷は広いのかしら?


「アリス様。洗顔用のお湯をお持ちいたしました」


 ベッド脇のサイドテーブルにお湯を入れた洗面器が置かれた。


 ベッドに腰掛けた状態で顔を洗うと、サッとタオルを差し出された。


「ありがとう」 


 受け取って顔を拭くと、侍女長のポリーさんがニコリと微笑んだ。


「アリス様。お召し替えをしても宜しいですか? 奥様が朝食をご一緒に、と申されてます」


 え?


 もしかしてガブリエラさんを待たせてしまっている?


「お、お願いします」


 ベッドから下りると、私より先に侍女の方が寝間着のボタンを外し、昨日とは違うドレスを着せてくれた。


 背中のボタンが恨めしい。


 せめてファスナーならば、自分で脱ぎ着が出来るのに…。


 そう言えば制服のスカートの脇に短いファスナーが使われていたっけ。


 あれを見せたら同じ物が出来るかしら?


 そんな事を考えている間に着付けは終わり、ドレッサーの前に座らされて髪を梳かれた。


 以前の黒髪よりも今の紫がかったシルバーブロンドの方が自分の顔にしっくりくる。


 何だろう?


 今までの姿は偽りで、ようやく本来の自分を取り戻したような気分になる。


 支度が終わると侍女長に連れられて、食堂へと案内される。


 食堂では既にガブリエラさんが座って私を待っていた。


「おはよう、アリス。よく眠れたかしら?」


「おはようございます、ガブリエラ様。お陰様でよく眠れました。お待たせして申し訳ありません」


 私が謝罪するとガブリエラさんは満足そうに頷いた。


「気にしなくていいのよ。昨日は色々あって疲れていたのでしょう。よく眠れたのなら良かったわ」


 そこで私は向かいの席にエイブラムさんがいない事に気が付いた。


「あの、エイブラム様は?」


「あの子は既に王宮に向かったわ。昨日の報告をしないといけないんですって。ちょっとやり過ぎたらしいから、もしかしたらお説教かしらね」


 ガブリエラさんはそう言ってクスクス笑うけれど、私はそれを聞いて青くなった。


 そもそも私が襲われなければ、エイブラムさんもあの男達を斬り殺さずに済んだはずだ。


 私を助けた事でエイブラムさんが何か罰せられたりするのだろうか?


 もしそうならば、決してエイブラムさんが悪いわけではないと、釈明した方がいいのだろうか?


「あの、エイブラム様は何か罰を受けたりするのですか? エイブラム様はただ、私を助けてくれただけで、何も悪くありません。そりゃあ、ちょっとやり過ぎかとは…」


 弁明しようとしたが、最後の方は語尾が怪しくなった。


 私の気持ちを察してくれたようでガブリエラさんはニッコリと微笑んだ。


「いいのよ、アリス。元々あの集団には討伐依頼が出されていたの。だから生死の有無は問われないわ。それに下手に情けをかけるとエイブラムの方がやられてしまうわ」


 そう言われて私はハッとした。


 確かにあの連中も剣を携えていた。


 私を襲う事で油断をしていたが、普通に対峙したら、三対一でエイブラムさんが不利だ。


 あの連中にエイブラムさんが傷付けられなくて良かったと思う。


 食事も済んでお茶を入れて貰っていると、私のお茶を注いだ侍女がポットをワゴンの上に載せようとしたところ、ポットが傾いて床に落ちそうになった。


 あっ、駄目!


 気が付くとポットは宙に浮いた状態からワゴンの上へと戻っていった。


 誰もがポカンとする中、ガブリエラさんがポツリと呟いた。


「アリス、今のはあなたが?」


 えっ、嘘!


 私がやったの?

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