第10話 夕食

プロの仕立て屋さんに意見するのは憚られたけれど、自分の知っている事は話しておいた。


 後は私の知識を仕立て屋さんが十分活かしてもらえればいいだけだ。


 下着の話を終えてホッとしていると、ガブリエラさんが「そうそう」と切り出した。


「アリスのドレスを作ってちょうだい。わたくしのお古ばかり着せるわけにはいかないわ」


 お借りしているだけでも申し訳ないのに、更にドレスを作るって事?


「えっ、そんな。とんでも無いです」


 断ろうとしたのに、仕立て屋さんもすっかり乗り気になっちゃって、結局押し切られてしまった。


 ドレスなんて下着の特許料だけで賄えるのかしら?


 仕立て屋さんは私の体をあちこち採寸した後で、ガブリエラさんにドレスの色を確認すると、そそくさと帰って行った。


 これから下着の試作品を作り、商業ギルドに登録申請するらしい。


 仕立て屋さんが帰ってしばらく経った頃、「エイブラム様がお戻りになりました」と執事が告げに来た。


「アリス。出迎えに行きましょう」


 ガブリエラさんに促されて玄関へと足を運んだ。


 ちょうど玄関の扉が開いて、エイブラムさんが姿を現したところだった。


「お帰りなさい。随分と早かったわね。それだけアリスに会いたかったのかしら?」


 ガブリエラさんがからかうような口調でエイブラムさんに話しかけるけれど、決してそんな事はないと思う。


「お帰りなさいませ。お仕事お疲れ様です」


 ガブリエラさんの後ろからエイブラムさんに声をかけると、エイブラムさんは私を見て驚いていた。


「えっ、アリスか? その髪はどうしたんだ?」


 いけない。


 髪の色が最初に会った時と違うのを忘れていたわ。


「その話は後でゆっくりするから、着替えていらっしゃい。そのままでは夕食も出来ないわ」


「すみません、母上。着替えたら食堂に向かいます」 


 エイブラムさんは私に微笑みかけると、侍従と一緒に行ってしまった。


「アリス。わたくし達は先に行きましょう」


 侍女長に連れられて私とガブリエラさんは先に食堂に向かった。


 上座は当然、ガブリエラさんが座り、私はその右隣りに腰掛けた。


 私の向かいの席にエイブラムさんが座るのだろう。


 食事はいいけど、私のテーブルマナーは大丈夫かしら?


 あまり待つ事もなく、エイブラムさんは食堂にやってきた。


「お待たせいたしました」


 そう言って私の向かいに座ったエイブラムさんの恰好を見て、私はちょっとドキッとした。


 白いシャツと黒いズボンって、私が借りて来ていた物と同じ恰好だったからだ。


 勿論、別の服だとはわかっているが、それでもドキドキは抑えられない。

 

 危惧していたテーブルマナーも、特に何も言われる事はなく、無事に食事も終わった。


 食後をお茶を飲んでいる時に私はガブリエラさんにした話をエイブラムさんにも告げた。


「そうか。周りに馴染む為に皆と同じ髪の色に染めていたのか。お風呂に使うお湯はその日の疲れや状態異常を治す効果を入れているから、それで染料も取れたのだろう」


 染料がすべて落ちた時はびっくりしたけれど、エイブラムさんの言うとおりなら納得だわ。


 エイブラムさんに優しく微笑まれて何故かドキドキと胸が高鳴る。


 今日会ったばかりの人なのにどうしてこんなにときめくんだろう。


 私って健斗が好きだったんじゃなかったっけ。


 それなのに健斗の顔を思い出そうとしても、何故かぼやけてしまう。


 幼馴染であれだけ一緒に時間を過ごして来たはずなのに…。


 健斗だけじゃない。


 育ててくれた両親の顔も、同級生や先生の顔も、向こうの世界の人達の顔をはっきりとは思い出せなくなっている。


 思わずポロリと涙を零していたようだ。


「アリス、どうした?」


 突然泣き出した私を見てエイブラムさんが焦ったように私の側に来てくれた。


「ご、ごめんなさい。育ての親や友達の顔が思い出せなくなって…。そうしたら急に悲しくなっちゃって…」 


 エイブラムさんは優しく私の頭を撫でてくれた。


「色々あって疲れているんだろう。今日はゆっくり休むといい。ポリー、アリスの部屋に案内してくれ」


 エイブラムさんはそう言うと、私を抱き上げた。


 今日、二度目のお姫様抱っこである。


「あ、あの、一人で歩けます」


「アリス、遠慮しないで。ポリー、案内してやって」


 私の抵抗も虚しくガブリエラさんとエイブラムさんに押し切られるように、私は用意された部屋へと連れて行かれた。


 うわぁ!


 天蓋付きのベッドって本当にあるのね。


 エイブラムさんは部屋の入り口で私を降ろすと「おやすみ」と言って廊下を歩き出す。


 その背中に「おやすみなさい」と声をかけて、私は扉を閉じた。

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