3-23 対極の時間
◇
そこは白い空間だった。果てのない空間。際限のない空間。どこまでも、どこまでも無限を体現している、どうしようもない空間。
そこには誰もいない。誰かいる痕跡もない。それは当然のことである。当然のことだからこそ、僕はここにいるのだった。
あらゆるものは、すべてゼロに還元されるべきなのだ。すべては、ゼロに還元されるべきだからこそ、ゼロに還元しなければいけない。無限と対をなしうる空間でそう思う。
僕は今、ここにいる。ここにいる。ここにいるのは、どうしてだろう。記憶がおぼつかない。思い出したくもないような気がする。世界とはどうして孤独に存在してくれないのだろう。世界はどうして僕を置いていかないのだろう。
僕が欲しかった世界とはなんだろう。僕が望むべき世界とはなんだ。人との関わりなのか、それとも会話か言葉か、それ以上に紡がれるべきあらゆる可能性なのか。
それも、別にどうでもいいのかもしれない。どうでもいい思考が頭の中で駆け巡ってしようがない。殺してきた、殺し続けてきた自我がどうしようもないほどに爆発するように拡大して仕方がない。
人との関わりを見出すのも億劫になってしまったのはどこからなのだろう。それを思い出すには労力がいる。その労力をどこから見出せばいいのかがわからない。あらゆるすべてはゼロに還元されるべきなのだから、別にやる必要もないのかもしれない。
僕は人が嫌いで仕方がないのだ。人が嫌いだから、関わる必要なんてないのだ。関わる必要なんてないから、考える必要性さえも存在しないのだ。どこまでも気持ち悪い考えに縋ることこそ異常なのだ。それを肯定するすべてがあらゆる意味で気色が悪くてどうしようもないのだ。
白い景色を見た。やはりそこには誰もいない。自分以外はそこにはいない。だから、それでいい。
自分以外はいない。自分以外は。
自分だけが。──灰色の対極だけが、そこに存在するのだ。
◇
存在の絶対値を考えるうえで、あらゆるものの存在のベクトルとは何かをとらえる必要がある。数直線上のことを考えるでもいい、単純に存在の有無を考えるでもいい。適当な陰陽についてでもいい。存在の対極とは何かを。
正の数に対応する対極は何だろうか。その答えは単純に負の数ということでいいのだろう。それを合わせてしまえば、それはゼロに還元される。
だからこそ、対極を受け容れてしまえば、あらゆるものはゼロに還元されるのだ。
それなら、もともと存在しないであろう自我についてはどうなのだろう。白とも黒ともつかないゼロに近い存在である僕という存在の対極は、何の意味があるのだろうか。それに意味はあるのだろうか。よくわからない。対極を受け容れる意味を見出すことはできやしない。
悪魔祓いの性質だとか関係ない。どうして自分に限ってそんな状況が舞い込むのか不思議でしようがない。
目の前にいるのは、自分自身らしい。受容されるべき存在というらしい。それを僕は拒みたかった。それは自分自身ではないと心の底で疑っていたくなる。
白い頭髪で、鏡でよく見た同じ格好をしている。葵のためにつくろった身なりを来ている。お前がどうしてここにいるのか、そんなのは考えなくても分かる。対極が来たのだ。対極を迎えるのは、もうそろそろだと自覚をしていただろう。
──葵のことを思い出したら、吐きそうになる。駄目だ、殺せ。自分を殺めなければいけない。思い出してはいけない。
『今の環じゃダメ』
──殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて──。
──昼間から自分を殺めて、そうして殺め続けていたのはそれが理由だった。自分自身の負の感情が爆発しそうになったから、どうしようもないのだ。
教会には誰もいなかった。僕を受け容れるように、そこには誰もいない。天音も朱音も。都合がいいのかもしれない。ここで始まるすべてについては、誰も見聞きしない方がいい。どうせここで終わる命なのだ、それについて考えることは無でしかない。
あらゆるグラデーションが僕にとっては鬱陶しい。
自分には灰色しかない。灰色だけが心に占有して仕方がない。ほかの人にはあるはずの彩がどこまでも自分に存在しないことが気持ち悪くてしようがない。世界とはここまで彩にあふれていなかったのか、とそう気づくのが鬱陶しい。自分の世界観の狭さを認識してしまう哀しさがある。夕焼けの色でさえもモノクロに見えるほどに、世界とはどこまで灰色で、どこまでも灰色だった。
「『さあ、やろうか』」
鏡を見ているように、自分はそうつぶやいた。
ここからすべきことは、最後の抵抗だ。
こんな存在を受容することなどできやしない。
幼い頃からついて回った一つの劣等感。そのすべてを否定するために始めよう。くだらない戦いを始めよう。ケリをつけるのだ。
──最初で最後に始まる、自分との殺し合いを、今から始めよう。
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