1-11 おかいもの


 暗闇の中に浸り続けている。終わりが見えない階段。だんだんと足元がおぼつかなくなる感覚を覚えて、僕は壁に手をついて自重を支えながら、一段一段と下っていく。


 そんなことを繰り返せば、だんだんと奥の方から光が漏れるように視界に入ってくる。その光を大きくするように、徐々に降りる速度を速めて、そうしてたどり着いたのは──。


「……お店?」


 あからさまに怪しい場所に位置していたから、なにかツボからぽわぽわと緑色の煙とかが浮かんでいるとか、いかにもな場所を想像していたけれど、そこにあったのは、すごく普通のお店。いや、普通というか、めちゃくちゃおしゃれというか、喫茶店のような雰囲気の、静かなお店。


「止まってないで進もうか」


 異様に思っていた光景に見とれていたら、先生がそう促してくる。彼の方を見れば、いつの間にか姿かたちを現わしている。いつの間に出てきたのだろう。


 先生の声をきっかけに、僕はとりあえずと店の中に進む。


 店の中には……、目的物であるナイフやら、なぜかチョークやら、注射器やら、よくわからないものがいろいろある。でも。


「……店員さんとか、いないんですね」


 そこには誰もいない。あからさまに人が営んでいそうな場所なのに、やはりそこには誰もいない。


「きっと『表』での仕事でもしているんだろうね。魔法使いも魔法っていうだけじゃ生きていけないからね」


「表?」


「普通の人間の仕事のことさ。魔法使いでも食料は必要になるし、そのためにはお金が必要になる。だから、表の仕事は必要なんだよ」


「なるほど」


 そりゃそうか。


 先生だって、中学校の養護教諭として働いているし(保健室で隠蔽された時に知った)、それぞれに必要なのだろう。ていうか、まだ勤務時間なんじゃないのか、この人。


「でも不用心すぎません?たまたまここに入った人がいて、なんか物とか盗んだりしたら……」


「うーん。それは大丈夫なんじゃないかな。僕は盗んだことがないから知らないけれど、流石に対策をしているはずだよ」


 そうだ、試しに盗んでみよっか、と先生が適当にチョークを持って、そして僕たちが入ってきた扉へと歩んでいく。


 すると。


 ──ガキン。


 鉄っぽい音がドアから響いてきて、なにかと思えば、いつの間にかに鉄格子がかけられいる。


「うん。ほら大丈夫だよ」


「……なるほど」


 確かにこれなら納得だ。誰も逃げ出せやしない。


「それはそれとして、僕らはどうやって出るんですかね?」


「……あ」


 ……あ、じゃないっすよ先生……。




 ◇


 一瞬慌てふためくような事態になるのかと思いきや、普通にカウンターにある金銭の受け皿にお金をやったら、鉄格子が上がって普通に通れるようになった。


「別にチョークいらないんだけどなぁ……」


 先生は恨み言を発しながら、いつまでも財布を覗いている。


 別にチョークを元の位置に戻せばいいだろうと思うけれど、そんな考えはないのか、先生はチョークをポケットの中にしまった。


「環くんも、なんかいい感じのナイフを選びなよ……、一応奢るからさ」


 いじけながらもそう言われるので、あまり本意ではないもののナイフを選ぶことにする。


「葵はどんなナイフなんだ?」


「私?私のはね」


 そう言って、ポケットからそのままナイフを取り出す。刃渡りはそこまで長くなく、ポケットに収まるサイズではあるけれど……。


「ポケットに入れてたら普通に破けないの?それ」


「これ、刃が収納できるタイプのやつだから大丈夫なんだよね」


「なるほどね」


 便利なものである。僕もそういうのを買った方がいいのかな、とか考えていると、葵がこれなんかいいんじゃない?と僕をちょいちょいと指で呼んでくる。


「……黒いね」


「ほら、環の紋章、なんか黒色だし、黒いやつでいいんじゃないかなーって」


 そうして見せられたのは、黒い柄に黒い刀身のナイフ。柄の元のほうに押し込む部分があって、そこで刃は収納できるようだ。


「ま、これでいいかな」


 特にこだわりなんてないから、これで即決めする。


「……割と高いものを選んだね」


 先生がナイフの値段を見て、少しばかり恨めしそうに僕を見る。悪い気はしたし、金銭的な負担をかけるのは普通に申し訳ないけれど、葵が選んでくれた、っていうのもあるから、それ以外のものを選ぶ気はそんなになかった。





「ま、今夜はそれを持ってくることを忘れないように」


 店の外まで出て、先生は僕にそういった。


「またマンツーマンですか?」


「うーん。どうだろう。昨日であらかた基本的な説明は終えたから、後は実践するだけなんだ。


 実践なら他の生徒に見てもらいながらアドバイスをもらう、ということもできるから、今日は普通に他の子たちも一緒にやろうかな」


「「わかりました」」


 その返事を合図としたように、先生と解散する。葵とまた帰路について、ポケットの中にあるナイフの柄の感触を確かめる。


 どことなく漂う非現実感。きっと、そんな感情を抱いている限り、魔法使いとしての道は遠いのだろうけれど、だからこそポケットにナイフがあることを認識する。


 これが、いつも通りになる。それを心の中で思い込むために。





「ずっとポケットで握ってるけど、試しに環も血出してみる?」


「……夜までやらない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る